空しか、見えない
「なあ、サセ、何が見えてる?」

 隣ののぞむが、佐千子にそう訊ねてきた。
 また胸の奥からこみ上げてくるものがあった。

「その質問ね、昔、義朝にされたんだ」

 あんなに苦手だった浮き身が、海ではついにできたと安堵しながら喜んでいたとき、隣の義朝にそう訊かれた。

「それで、サセは、なんて答えた?」

「空しか、見えないよって、言った。だって、今だって、本当にそうなんだもん」

 のぞむが少し笑ったようなのが、手の平の小さな震えを通して伝わってきた。

「さあ、体が冷えないうちに、そろそろまた遠泳開始」

 吉本の声にしたがって、花輪がほどけていき、メンバーはまたそれぞれ隊列の順番に戻った。
 まゆみは上手に立ち泳ぎしながら、隊が揃うのを待てるようになった自分を、少し誇らしく思った。
 環は、本当は少し足に痛みが走っていた。どうしても時々、顔が歪んでしまうが、これくらい、耐えられなくてどうすると自分に言い聞かせる。のぞむが帰ってきたのを見たとき、彼は素直に負けを認めた。サセを一瞬にしてあんな表情にさせられる奴は、やっぱりのぞむしかいないのだと悟らされた。
 だから今は、足が痛いくらいでちょうどいいのだ。
 それでもさっき、空を見上げながら、彼も義朝に会えた気がしていた。手をつないでいたまゆみの心がしみ出してきて、自分にも伝わったようで、環は自然と言葉を失ったのだ。

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