俺様天使とのキスまであと指輪一個分。
老父の呼びかけに、周りの民衆たちが一人、二人と、光のほうに手を合わせた。

同じく山に避難していたアンも、その話を聞いて空を見上げた。


「どうかこの国をお助けください…そして――」

アンは小さな手を絡ませ、黒い雨でぐしゃぐしゃになった顔を天に向けた。


「お城に向かったお姉ちゃんたちが無事でありますように」


民衆の祈りの数が増えるのと同時に、力を失い途方に暮れていた貴族や護衛たちもすがるように空を見上げた。


自然はただエルストイのための道具としか思っていなかった彼らにとって、空を仰ぐなんてことは生まれて始めての行為だった。




黒い雨にまみれて自慢の衣装もドロドロに汚れていた。

生きるために祈るしかできない彼らは、民衆たちの一体何が違うのだろう。




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