今宵は天使と輪舞曲を。

 以前なら母親や姉の言うとおりに動くことしかなかった。それがどうだろう。今は自分のために考え、行動している。これはこれまでの自分には考えられなかったことだ。
 そして、自ら進んでこんなにも強く異性を求めたこともなければ男性にこれほど強く求められたこともなかった。彼が生まれて初めての経験だった。
 その彼ともうすぐ離れなければならない。
 それはヘルミナにとって、食事ができないことよりもずっと辛く、悲しいことだ。
 彼の背中越しから静かに訴えると、彼はすぐに体勢を変えて咽び泣くヘルミナの背中を撫でて宥めた。

「こうなったらぼくが直々に話をして、どうにか君と一緒になれるようミス・トスカに協力を願い出てみるよ」
「メレディスに?」
「ああ、ぼくがどれだけ君を慕っているかを彼女に伝えれば、もしかすると君とぼくが一緒になる手立てを考えてくれるかもしれない」
「でも……」
 果たして彼が思うようにすんなりと事が運ぶだろうか。
 ヘルミナの不安な気持ちを察知したのか、彼は優しく肩を叩いた。
「大丈夫、ぼくは君と一緒になれるのなら何だってするつもりだ」
 それは自分だってそうだ。
「わたしもよ!」
 ヘルミナが見上げれば、彼は鼻孔を膨らませ、にっこり微笑んだ。
「だったら、君はぼくが説明する場所に上手く彼女を呼び出してほしい。言うとおりにしてくれるね?」

「だけどラファエルはわたしを疑っているし、彼が雇った探偵からはすでに情報を得ていると思うわ。メレディスはラファエルからわたしのことを聞いているんじゃないかしら。人攫いを雇い、襲わせたのはわたしだと、もう疑っているかもしれないわ」


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