今宵は天使と輪舞曲を。

 男がいるそこからラファエルまでの距離は四〇フィート程とそれほどは遠くない。それなのに、男が口を開閉する姿は見られるものの、声を聞き取ることができなかった。
 彼は見知らぬ男だった。自分よりも一回りほど年上だろうか。シルクハットに筒状のコートとズボンを身に着けているからだろうか、背筋はこの場にいる他の人間よりもずっと伸びていてどこか芯の強さを感じる。彼はブラウンの髪こそ違うが、目はグレー色で、なぜかメレディスを感じさせた。
 ――それにしても、自分はなぜ彼の目がグレー色だと分かったのだろうか。たしかに四〇フィートしか離れていないとはいえ、目の色を認識できるほど近い距離にいないのが事実だ。
 ラファエルは半ば懐疑的になっている時だった。ラファエルはブラフマン邸にひとりメレディスを置いてきたことがとても気になってきた。
 メレディスを思わせる彼を見ていると、なぜか心臓のあたりがざわついたのだ。ラファエルは居たたまれなくなって男に近づこうと一歩、足を踏み出した瞬間だった。もう一度突風が吹いた。不思議なことに、男の姿はそこにはなく、人々が行き交う喧噪の中しかなかった。
 それはとても不思議な出来事だった。まるで白昼夢でも見ているようだ。しかしその出来事以上に、ラファエルはメレディスのことが心配で仕方なかった。

 ラファエルは探偵と共に直ぐさまブラフマン邸へ急いだ。屋敷に戻るなり真っ先に向かったのはメレディスの元、ラファエルがこの屋敷から出て行く前の自分の部屋だ。


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