今宵は天使と輪舞曲を。

 ならば、彼女の身が危険だ。奴がメレディスを攫った先にする行為は彼女を身籠もらせることに他ならない。奴は世間に決定的な証拠を突きつけるための材料を探すだろうから。行為の後にできた子供は誰よりもどんな言い分よりもずっと確実な材料だ。
 冗談ではない。メレディスは自分の元にいてこそ美しさを発揮する。あんな金の亡者に渡してなるものか。

 どうか無事でいてほしい。メレディスのことを考えれば考えるほどに良からぬ方向へ想像がいってしまう。きっと無事でいると、焦る自分に言い聞かせ、ラファエルは捉まえた馬車に乗り、ルイスの別荘を目指して進み続ける。

 用意周到なルイス・ピッチャーはこうなることを既に計画に入れた上で人気のない屋敷を購入したのだろう。緑は次第に深くなり、道幅が狭くなる。ややあって、とうとう馬車さえも進むことが困難になってきた。仕方なくラファエルと探偵は馬車から降りた。すると何かが燃えているような、煤の匂いが漂っていることに気が付いた。視線を少し上げたところ――そこには一筋の灰色の煙が上がっているのが見える。
 この周辺は深い緑に覆われている地域だ。工場はない、はずだ。だったらあの煙は何だろうか。
 そう考えた時、ラファエルの背筋が凍る。同時に足は勝手に動き出し、一歩踏み出すごとに速さを増した。
「ラファエル!?」
 少し後ろから、探偵がラファエルに呼びかけている。しかしラファエルは返事をすることができない。口の中は緊張で渇き、喉を開閉することだけで精一杯だ。


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