今宵は天使と輪舞曲を。

「ヘルミナ、取り引きをしないか? 君はメレディスを陥れようとしたことに変わりはない。罪に問われるのは当然だ。しかし、君もまた、ルイス・ピッチャーの犠牲者でもある。ぼくは君を法廷に突き出し、裁判を起こすことも可能だが、一番の悪であるピッチャー男爵を処罰するための証人として合意してもらえば、今回の件は不問にしよう。どうだい? 君も奴が憎くはないか?」

 ヘルミナもルイス同様、訴えて当然ではあるが、しかしそれ以上に再会した彼女が以前よりもずっとやつれており、いくらか痩せた気がした。けっして健全な状況ではない彼女に、若干の同情が過ぎった。
 それにヘルミナの力も必要になるかもしれない。ルイスも男爵家だ。あらゆる手段を使って金で人を操作し、自分にとって優位な裁判を仕掛けようとするだろう。そうなれば彼にとって都合の良い要素はできるだけ削っていた方が良いに限る。

 しかしたとえルイスを訴え、ラファエルが勝ったとしても、ラファエルの心は晴れない。メレディスが目覚めないことには意味がない。彼女が存在しない世界はモノクロも同然だった。
 こうしてあらためて知るのはメレディスの存在の大きさだ。
 ラファエルにとって、メレディス・トスカは自分の一部といってもけっして過言ではない。それほどまでに彼女を深く愛していた。

 ラファエルの提案を最後に、しばらくの沈黙が流れた。それを破ったのは、家令のノック音だった。
「ルイス・ピッチャーがメレディス様にお会いしたいとお越しです」

 いったいどの面下げてこの屋敷に踏み入れることができたのか。ラファエルは腸が煮えくりかえるほどの怒りを感じ、立ち上がった。



《虚ろな世界・完》
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