今宵は天使と輪舞曲を。
「しかしあの男は……」
ラファエルは、こちら側と対角線上にいる男性を見た。彼は先ほどまで女性と親しげに耳打ちをして話していたものを、今は不機嫌そうに眉間に深い皺を刻み、メレディスが去って行ったドアの方を眺めている。いかにも傲慢そうに見える筋肉質な紳士だ。
「ルイス・ピッチャー、か」
ラファエルはこの場に来た当初からメレディスを品物のような目つきで舐め回している男の姿がいちいち癪に触っていた。
短い黒髪もそうだが、日に焼けた肌といい広い肩幅といい、威圧感丸出しの彼がとにかく気に入らない。
不快感を露わにしたラファエルに、グランが同意し、ゆっくり頷いた。それはたった今この場に来たグランも同じ気持ちのようだ。もしかすると兄もまたラファエルとキャロラインの様子を窺っていたのだろうと思った。
「彼はたしかピッチャー家の跡取りだったな。爵位は男爵だったか――」
ピッチャー家もブラフマン家と同じくらい長い歴史をもつ一族だ。ただブラフマン家とは違って三代目のピッチャーはたいへん好戦的で、戦場では何度も王の窮地を救ったとされ、後に続くピッチャー家の栄光と繁栄を約束されている。
当然、羽振りの良いピッチャー家は貴族たちからの評判はいい。しかし彼らの領民に対する扱いについてはあまりよくないらしい。人権を無視した奴隷のような扱いだとブラフマン家で働く領民たちが噂していたのを聞いたことがある。
その嫡男であるルイス・ピッチャーがメレディスを見る眼差しは大いに気にくわない。