魔王と王女の物語
ラスの笑顔を見た途端、もう諦めようと思った。


自分を信頼に満ちた瞳で見てくれる。

そして魔王を見上げる瞳は…愛に溢れている。


連れて帰るのはもう無理だと思った。


もう、諦めよう。


「…ラス…」


「うん、どうしたの?」


顔色は真っ白というよりも真っ青なのは相変わらずだったが、これ見よがしにラスの手の甲にキスをすると…

コハクが背後でいらいらと床を足先で叩き始めた。

それが愉快で気味が良くて、さらに身体を起こして頬にキスをすると、ラスは嬉しそうに笑ったが…

キレたコハクが間に割って入ってくると握っていた手を引き剥がした。


「お触りタイム終了!」


「お前は子供か」


グラースに突っ込まれても大人げない魔王はしっしと手を振ってリロイを追い払うような仕草をして鼻を鳴らした。


「チビが元気なのはもうわかったろ?今日はゆっくり寝かせてやれよ、最後の晩餐は明日ってことで」


――最後の晩餐。

ティアラとグラースは顔を見合わせた。

この城に着けばすぐにでも棺を開けて本体に戻り、そしてラスを抱くものとばかり思っていたのだが…


どうやら魔王にはその気が無く、本気でラスを大事に大事にしているのがわかる。


「コー、もっと一緒に居たいよ」


「明日でいいだろ。お前さっき刺されたんだぞ?魔法で傷は治したとはいえ血の量は増えてねえんだからな。駄目!」


「コーの怒りんぼ」


「ま、そういうわけで。お前らは好きに見回ったり食ったり飲んだりしてていいぞ。明日になればオーディンが来るからこき使っても良し」


思う存分ラスと見つめ合ったリロイはゆっくり立ち上がると、ラスが“大好き”と言ってくれる笑顔を浮かべて白い歯を見せた。


「僕たちは明後日の朝までここに居るから。ちゃんと寝てるんだよ」


「うん、わかった。立てるようになったら遊んでね!」


「立てるようになったら俺と遊ぶの!」


――愛に溢れる魔王の赤い瞳。


こんなにやわらかく笑う男ではなかった。

こんなに優しい声を出す男ではなかった。


ラスがすべて、変えた。


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