魔王と王女の物語
朝方コハクはラスが起きないように起き上がると頬にキスをしてバルコニーの鎧戸を開けた。


波しぶきは相変わらず高く、その荒ぶる波を見つめながら…笑みが込み上げてきた。


「チビ…かーわいかったなあ…。やべ、思い出しただけでもコーフンしてきた!」


あと数時間もすればリロイとティアラとはお別れだ。

長く旅をしてきてそれなりに好感を持ってはいたが、ラスが彼らに“会いたい”と言えばすぐにでも会わせてやろうとは思っている。


ここ数百年もの間探し続けて来ていたものをようやく手に入れたコハクはこの時…


完全に、油断していた。


近付いてくる足音にも気づかず、真っ黒な髪を風になびかせながらバルコニーの手すりに肘をつき、思いを馳せていた。


「チビが起きたらまずみんなで飯食って、そんでこの一帯抜けるまでは見送ってやろう。オーディンと合流したらグリーンリバーに帰って…」


グリーンリバーの王が自分であることはもう知れ渡っているだろう。

ラスは女王として迎え入れられ、2人であの街を治世し、そしてイエローストーン王国の債権復興を目指す。


…凍り付き、儚く散ってしまった大勢の人間を弔わなければ。

それもグリーンリバーに住む魔物たちに手伝ってもらえば早急に片が付くだろう。


「やらなきゃいけねえことが沢山あるな…。まあいっか、チビが喜んでくれる顔が見れたらそれが何よりの喜びってもんだ」


恥ずかしいことを口にしてしまって自分の発言で顔を赤くしてしまった魔王は、何者かの足音に気付き、明るい声を上げた。



「チビ?もうおき………て……」


「ラスじゃない。僕だ」



――コハクの言葉が詰まり、喉からせり上げてきたものを吐き出した。


どす黒い血の塊――


自分の左胸に生えた、魔法剣――



「て、めえ…っ!」


「ラスは渡さない…。ラスは…僕のものだ」



…表情が違う。


また魔法剣に心を奪われたリロイはさらにぐっと魔法剣をコハクの胸に押し込むと、ゆらゆらと後ずさりをした。



ぱりん、


ぱりん――


儚い音がコハクの胸から聴こえて、飛び散った。


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