主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹が庭にある井戸まで顔を洗いに行くと、主さまがなんだかんだ言い訳をしながら腰を上げた。


「そういえば俺もまだ顔を洗ってなかった」


「すぐわかるような嘘をつくな。そなたは時々どうしようもなく阿呆になるな」


「…うるさい!」


怒りっぽい主さまが裏庭へ消えて行くと、途端に山姫がどぎまぎしはじめた。


「じゃああたしも台所に…」


「待て待て、せっかく2人きりになったのだから話でもしようではないか」


「な、なんであんたと話なんか…!あたしから話すことは何もないよ!」


――いつもはびしっと直衣と烏帽子を着こなしている晴明だが、さすがに寝起きで白の浴衣に濃緑の羽織姿とあって、山姫に動揺を与えていた。


「そなたは美しいのだからそのように怒ってばかりでは嫁に行き遅れるぞ」


「ふん、元々もう行き遅れてるんだ、あんたに干渉されるいわれはないね」


相変わらずつれない態度の山姫がてきぱきと床を片付け、晴明は欠伸をしながらそれを見ていたが…


だからこそ完全に無防備だった山姫は晴明から急に腕を引っ張られて倒れ込んだ。


…晴明の腕の中に。



「な…っ!なにするんだい!」


「嫁に来ぬか」


「!?あんた…なんの話を…」


「私の元へ嫁に来ぬか。今や私はそなたの知っている青二才ではないぞ。試してみるか?」



急に“嫁に来い”と言われて瞳を白黒させる山姫が可愛らしく、赤茶の長い髪を撫でながらゆっくり顔が近付き、唇と唇が触れ合いそうになった時――


「あたしをからかうんじゃないよ!前にも言ったろ、むやみにあやしに近付いたらあんたの精根吸い尽くしてやるからね!」


「私はその答えに対して“本望だ”と言ったことを覚えているか?ふふふ、まあいい、時間をかけて私というものを教えてあげよう」


「じょ、冗談じゃない!あんたなんかあたしの好みじゃないんだからね!」


「ほう?ではどんな男が好みだと?まさか十六夜だというのではあるまいな」


ぐいぐい迫ってくる晴明の膝からからくも逃げながら後ずさりし、鼻を鳴らした。


「少なくともあんたじゃないね」


「つれないねえ」


互いに。
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