主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
「主さま、みーつけた」


裏庭の竹林の中に流れる細い小川の前に座って魚に餌をやっていた主さまが振り返った。


「何の用だ」


「主さまこそ用があるからここまで来たんでしょ?今日私が行こうと思ってたのにな」


「…別に用なんかない。来たかったから来ただけだ」


隣に腰かけると、主さまの髪紐が今日自分がつけているものと同じ鈴がついた朱色の髪紐で、息吹は主さまの袖を引っ張って気を引かせた。


「主さま見て」


「…それは…」


――息吹が袖の中から出したのは小さな巾着袋で、中から『是』と『否』と書かれた紙と1枚の貝が出て来た。


姿を消して“十六夜”と名乗り、息吹の身辺を守っていた時に2人がこの紙を使って会話をしていたこと…まるで昨日の出来事のようだ。



「懐かしいでしょ?」


「…ああ、そうだな」


「十六夜さんはどうして怒っているんですか?私のせいですか?」


「!」



草の上に紙を置き、貝を差し出す息吹がいたずらっ子のように舌を出し、先程までの不機嫌が吹き飛んだ主さまは口角を上げて笑うと貝を『否』の上に置いた。


「じゃあ次は…十六夜さんは私が平安町に戻って寂しいですか?また幽玄町に戻ってほしいですか?」


…普段は返答するはずもない問いだが、この紙の上での会話はまるであの時のように姿を消しているような気分だったので、素直に貝を『是』の上に置くと息吹が嬉しそうに笑った。



「次は…十六夜さんはこれからも私のことを守ってくれますか?それともまだ食べたいと思っていますか?」


「…」



主さまは紙に目を落としたまま貝を動かさなかった。


息吹はそんな主さまをじっと見つめ、難しい質問をしてしまったことを後悔して紙を畳んだ。


「ごめんなさい、つい軽い気持ちで…」


「息吹」


「はい?…っ、主、さま…」


きゅうっと抱きしめられたと思ったら押し倒され、指を絡められて間近で主さまの美貌を見てしまい、青白い炎が燈った瞳に見入った。



「守ってやる。それに…違う意味でならお前を食いたい」


「え、どういう…」



唇が、重なる。
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