主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
遥か以前に確かに雪女から愛の告白をされたことはあるが…


本体主さまは冷徹な性格で、雪女のことは先ほど息吹に言い聞かせたように主従の関係でしか見たことはなかった。

なのであの時も雪女にそっけない態度を取り、そして傷心した雪女が故郷に戻って雪男の父と出会い、結ばれたのだ。


やましいことは何ひとつない。

むしろ皆から責められるような目で見られ、特に息吹はこちらを見ようともしないので、息吹に向けて団扇を投げた。


「…痛いよ」


「何故機嫌が悪くなった?」


「別に…機嫌悪くないもん。…母様、お茶が冷めたから淹れ直してきますね」


さっさと台所へ消えてしまい、雪女がまた口元を隠してひそりと笑った。


「誤解を解いて来てくださいまし。息子のお嫁さんになるかもしれない子に訳もなく嫌われるのはいやですから」


「…誰が誰の嫁になるだと?」


舌打ちをしながら重たい腰を上げて主さまも台所へ消えていくと、いつもなら口を挟んで主さまをからかいまくる晴明が大人しいので雪男が詰った。


「主さまが息吹に言い寄りに行ったっていうのに今日は大人しいじゃん」


「いやなに、私は今見極めている最中なのだよ。妖に嫁にやるのは気が引けるのだ。やはり道長の元へ嫁にやるべきか…」


――実は雪男をからかうのも大好きな晴明は、聴こえるか聴こえないかのような細い声で独り言のように呟いてみせると、雪男の顔色がいつもより白くなった。


「せ、晴明…」


「まあ最終的には息吹の判断にはなるが。氷樹、いつまでこちらに居られるのだ?」


山姫と一緒に目を白黒させていた雪女は天井を見つめながら指を折った。


「こちらの夏は私にはつらくて…。数日滞在すれば北のあの人と暮らした家へ戻ります」


「そうか。それまでは親子2人で仲睦まじくしてくれ。で?雪男は私に何か言いたげな顔をしているが、なんだ?」


「べ、別に…」


“見極めている最中”と言われ、晴明の前では特に誠実な姿勢で臨もうと決意を固めた雪男は母にこそりと耳打ちをした。


「俺、絶対負けねえから」
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