【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】









その日、二人で遅くまで飲んで
タクシーを相乗りして帰宅する。




一人辿り着いた自宅。





寂しさだけが大きく残った。










それから……
流されるように過ぎて行った一週間後。





彼はいつもと同じように
約束のレッスン時間に姿を見せた。





彼の姿を見た途端に、
涙腺が崩壊しそうになって
必死にやり過ごした。






また逢えた……。

来てくれた……。






彼との関係は……
まだ進展の余地があるんだ。







素直になれないまま、
秘めた思いは心の奥に隠して
今日も彼との時間を楽しむ。





彼のいない時間は
孤独で冷たすぎて……
世界が色褪せて見える。




だけど彼がこうやって
私の隣で笑いかけてくれるだけで、
こんなにも
世界が明るく満ちて見える。






これが……恋のマジックなの?







「はいっ。

 両手の指先のタッチも
 均一になってきているので
 後はスタッカートの時の指の位置だけ、
 しっかりと心がけてくださいね。

 そろそろ、次の曲に進んでもいいかな。

 次回からは、音を楽しむためのレッスンも
 取り入れていきたいと思います。

 じゃあ、今日も一曲だけプレセント。

 リクエストありますか?」 


レッスンの最後、いつものように
彼にリクエストを聞く。



「リスト。
 
 愛の夢」




彼のリクエストは、
いつもと変わらないあの一曲。




彼のリクエストを受けて、
その曲を私の指先は、
鍵盤に触れながら紡ぎあげていく。









彼と過ごすこの時間が……
もっと続いてほしい。






ただそれだけを祈りながら
奏で続ける。




アルペジオを甘やかに。




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