亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
……暗い城内が覗く扉からは、言い知れぬ奇妙な空気が漏れ出ている。
………女の透き通った声に似た風。吹き込むそれは肌を撫で、再び城内に戻って行く。
…………記憶にある城というものは……少なくとも、こんなものではなかった。
………何故か、入り辛いものがある。
よく分からない緊張感を抱え、オーウェンは城内に足を踏み入れようとした。
………が、その途端、背後からオーウェンの前に素早い何かが降り立った。
ルアが全身の毛を逆立てて威嚇する。
「………ライマン?」
オーウェンの目の前には、戦場で牙を剥き、暗殺者の如く飛び掛かって来る真っ黒なライマンが佇んでいた。
………しかしこのライマン。妙に大人しいというか………敵意がまるで無い。
唸るルアに対し、相手にしている暇など無いとでもいうかの様にプイッと目を背け、暗い城内に駆けて行った。
…………何だ今のライマン。
獣の中でも地位の高い筈のルアが、あのライマンの前ではまるで子供同然だ。
「………行くぜ、ルア。……………お前は先に行って…ご主人を守れ」
ルアは言われた通りに、オーウェンを追い越して中に入って行った。
「…………嫌だねぇ……………何だか」
入って早々……真っ赤に染まった、真っ白な床が目に入った。
………六年前の、あの夜の光景と変わらない。
ここを警備していた兵士達の、悍ましい血痕。
………乾いてはいるが………六年も経過したとは思えない、鮮やかな血溜まり。
………死体は、無い。
飛び散った血と、腐臭の様な異臭が城内を彩っているだけで……残忍な人間の姿は忽然と消えている。
…………屍は………何処へ行った?