愛を教えて
しかし、あのときの万里子は卓巳しか見ておらず……。

朝美の言葉に潜んだ悪意など、すぐに記憶の底に消えていった。



「まあ、覚えていてくださったんですの? それは光栄ですわ。……では、失礼いたします」


万里子の記憶力などあてにしていなかった、とでも言わんばかりに、朝美は『光栄』と言いながら鼻で笑った。


そのまま、階段を上がり、ツカツカと廊下を横切って卓巳の書斎に入り込む。そして、デスクの奥にある戸棚の辺りを触り始めた。


「困ります。勝手に部屋に入られては」


万里子は驚いて朝美の後を追う。


「あら。でしたら、お願いいたします。本日の会議に使う書類をお忘れになったとか。薄い緑の封筒に入れて、いつもの場所に保管されているそうです。出していただけますか?」


実を言えば、万里子が卓巳の書斎に入るのは初めてのこと。
邸内とはいえ卓巳の聖域に踏み込むようで、遠慮していた。

だが、我が物顔で闊歩する朝美を見過ごすこともできない。

万里子はとりあえず、デスクを中心に探してみる。
しばらく時間をかけ、ようやく薄い緑の封筒を見つけたかと思ったら、なんと数十枚が束になっていた。
しかも、中身はすべて似たような書類だ。


< 304 / 927 >

この作品をシェア

pagetop