愛を教えて
それは四年前、万里子に代わって忍が準備したという、人工中絶手術の同意書だった。


忍は顔面蒼白になり、今にも倒れそうだ。


「これは……どうして……どうしてこんなものが……あなた様の手に」

「万里子は社長夫人になるんだ。調査して当然だろう。――女医は君の友人らしいな。決して情報を漏らそうとはしなかった。だが、看護師までは徹底できなかったようだ。君にはカルテより、こちらのほうが思い出しやすいと思ってね」


卓巳は、カルテが手に入らなかったことは言わず、最後のひと言で、忍に『すべて知っている』と思わせた。


「いつから……ご存じだったのでしょう? どうして、今になってこんな、ご結婚されてから」


しだいに感情が高ぶり始め、忍の声は大きくなる。


「卓巳様! これはすべてわたくしの責任でございます。お嬢様に非はございません! それだけは、どうか……どうか」

「待ってくれ。落ちつくんだ、忍さん。私はそんなことを」

「いいえ、すべてわたくしの責任なのです。どんな処分も甘んじてお受けいたします。この、年寄りの命でよろしければ、引き換えにいたしましてもお詫び申し上げます! ですから……どうか、お嬢様にだけは……」


忍はそのままキッチンにでも駆け込み、包丁を掴んで来そうな勢いだ。


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