愛を教えて
若くて美しい、しかも夫に愛されている。尚子はそんな万里子が羨ましくて仕方がないのだ。

自分の夫ですら、万里子に見惚れていることもある。

しかも万里子は由緒ある中堅企業の社長令嬢。母の実家は資産もある旧家。

尚子の『芸者の娘』『妾腹』と蔑まれた過去が、万里子に対する嫉妬心を増長させていた。



太一郎は、母の汚らわしさに身震いした。それは卓巳が母に抱く感情と似ていたかもしれない。

尚子はこの同じ口調で万里子を責めたのだろう。メイドたちが口ごもったのを見ても、母の言葉の酷さがわかる。万里子は当然、太一郎が話した、と思ったはずだ。


(……もう、おしまいだ)


太一郎には母を変えることはできない。

せめて卓巳ほどの力があれば、変えないまでも黙らせることはできるだろう。だが、自分にはそれすらできない。太一郎は逃げるように部屋を飛び出した。



二階から一階へ階段を駆け下りる。太一郎の頭の中で万里子の声が響いた。


『私は許します』


自分を許してくれる人はもういない。罪を償い、やり直すチャンスは永遠に失われた。

あとは堕ちるだけだ。


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