愛を教えて
そして渡り廊下まで来たとき、ふいに太一郎の足が止まる。


万里子に会い、母の仕打ちを詫びたかった。

怪文書の犯人は自分じゃない。万里子の言葉を母に話したりしてはいない。そう証明したくても、太一郎には手立てがない。


だが、それでも、太一郎の背中に万里子の声が聞こえるのだ。


『今、嘘をついて逃げたら、一生逃げたままよ』


もう二度とこの家には戻らない。
卓巳の父と同じ、野垂れ死にが自分には似合いだ。

そう思うのに、足が渡り廊下から動かない。



「太一郎様、お帰りになってよろしゅうございました。大奥様がお呼びです。お部屋までお越しくださいませ」


千代子が皐月の部屋に繋がる長廊下を小走りでやってきた。

太一郎は不覚にも浮かんだ涙を見られまいと、わざと眠そうに目を擦る。


「なんだよ。婆さんの説教はごめんだね」

「言い訳をなさらなくてよろしいのですか?」

「何を言っても無駄じゃねーの? どうせ俺なら、従兄の嫁さんとでもやりかねないって思ってんだろ?」


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