愛を教えて
家を出ようとしたのは事実だった。

太一郎が丸一日以上戻らなかったのは、仕事を探していたのだ。卓巳や両親の庇護の下ではなく、自立するために。


だが、現実は厳しかった。藤原の名前を出すだけで、どんな仕事も面接すら受けられない。


『先代社長のお孫さんを、うちなんかで雇えるはずがありません。卒業後は役付きで本社入りが決まっていると聞いていますよ。研修でしたら本社を通していただきませんと』


そんな言葉で体よく追い払われる。

初めは愚かにも、太一郎は額面どおりに受け取っていた。だが、忘れ物を取りに戻ったとき、彼らの本音を知ってしまう。


『冗談じゃないよ。大学は一流私大だが、金と家名で入った馬鹿じゃないか』


――藤原家の太一郎はとんでもない放蕩息子だ。女癖も悪く、暴力事件を金で揉み消している。卓巳社長とは雲泥の差。所詮、妾の血統に過ぎない。

尚子たちは、卓巳の母がホステスだったことを笑うが、それでも卓巳は正式な夫婦の間の子供だ。尚子とは違う。

傘下の社員たちは、卓巳が血統書付きなら、太一郎は雑種だと揶揄して笑っていた。


それが世間の評価で太一郎に突きつけられた現実。

自らの力で一歩踏み出そうとして、太一郎はそのことを知る。


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