愛を教えて
「ほんと……馬鹿」


普段とはまるで違うトーンでボソッと呟いたのは雪音だった。


「同じベッドで毎晩眠って、キスマークの消える日がないくらい抱かれて。それで何もなかったなんて言われたら……私だったらブン殴りますね」


そんな雪音の言葉に続いたのが太一郎だ。


「あのさ、もう殴り合うのも馬鹿馬鹿しいから言っちまうけど。さっきのは全部嘘だから。――あのとき、俺が言いふらしたらどうする、って聞いたら……たとえ何があっても、お前ならそばにいてくれるってさ」


太一郎は万里子の仕草を思い出していた。あれほどまで万里子に愛されながら、どうして卓巳はこの場に立ち尽くしているのか。

しだいに、太一郎の中に怒りがこみ上げてくる。


「なあ、卓巳さんよ。あんた、偉そうに孝司に説教したんだってな。ほんとに欲しいものは待ってても手に入らないんだろ? てめえが勃たねぇのはソイツだけじゃねぇのか? 他も全部役立たずかっ!?」


さっさと万里子を追え――太一郎の言葉は卓巳の背中を押す。

だが、卓巳にはその後押しに、どうしても応えられない。


「ああ、そうだ。役立たずなんだ。どれだけ強く抱き合っても、私に男の資格はない。みんな、今まで騙していてすまなかった。これ以上は……勘弁してくれ」


卓巳は、太一郎に殴られた体を引き摺るように部屋に逃げ込んだ。扉の鍵は固く閉められ、それは、卓巳自身の心のようだった。



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