愛を教えて
ライカーは担当責任者にわざと無能な男を選んだようだ。卓巳はそんな感想を持っていた。

卓巳の質問に正確な返事もできない。細かな点は本社に戻り、専門の者に相談したいと言い出す始末。おそらくは、卓巳らの到着直前に、突然『責任者になれ』とでも言われたのだろう。

万里子から卓巳を引き離すためとはいえ、見え見えの手段だ。


だが、それは卓巳にしても同じ、単なる時間稼ぎに過ぎない。

夜明けと共に次の行動に出る。どちらが先に有効な手を打てるか。卓巳が不利なのは明らかだ。敵地にあり、協力を仰げる人間も少ない。


ライカーの狙いは万里子だ。しかし、どんな高い身分も、聞こえのよい言葉も、たとえ英国中の金を積んだとしても、動かせないものがある。

それこそが、彼の望む“愛”だとライカーは知るはずだ。


卓巳は無駄な会談をさっさと切り上げ、パーティフロアに急ぐ。

万里子のことは信じている。だが、それと嫉妬は別物だ。

いつもなら少しでも肌が露出する部分は、ショールなどで隠すようにしている。それが、部屋まで呼んだ美容師は、あの馬鹿げたドレスに合わせたメイクを万里子に施した。

男にあだな期待を持たせるような、真っ赤な口紅を塗りたくった。


「何がコケティッシュでセクシーだ。間抜けな美容師め!」


階段を下りながら、やたら広い邸に苛立たしさを覚えつつ、悪態が口を衝いて出る。


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