愛を教えて
暗闇の中、尚子はトランクに衣装を詰める。


「あたくしじゃないわ……あたくしのせいじゃ」


口の中で呟きつつ、「ああ、これじゃないわ。もう何をやっているのかしら!」気に入らないものまで入れてしまったのだろう。何着かを床に叩きつけた。


そのときだ。

ジャッ。遮光カーテンの開く音がして、室内は一気に朝の光で満たされた。


「ひぃっ! だ、誰ですの? か、勝手に部屋に、はははいって」


吃りながら尋ねる尚子に、卓巳は厳しい声で答えた。


「夜逃げの準備にはいささか時間がかかり過ぎですね、叔母上」


尚子は卓巳が部屋に入ったことすら気づかず、一心不乱に荷物を詰めていた。



卓巳が万里子から聞かされたのは、ほんの一時間前。彼は仕事に向かわず、そのまま藤原邸に戻った。そして、千代子の部屋を訪ねたのである。

千代子によれば、安西が帰って間もなく、皐月の部屋を尚子が訪れた。

そして三十二年前に、先代の高徳が犯した罪と千代子の秘密をぶちまけたのだ。


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