愛を教えて
三十二年前、それは卓巳が生まれる二年前の出来事だった。

当時、皐月は夫と息子の板ばさみで大変な思いをしていた。そんなときに、十六歳で奉公に上がった少女が勤めて半年後に体調を崩し、半年療養して職場に戻ったことなど、気にも留めていなかった。

やがて、最愛の息子を女に盗られ、落ち込んだ皐月をひとりの少女が励ましてくれた。

その少女はいつも何かに怯えていた。皐月はそれが、彼女が弟妹のために重ねた借金が原因と知り、清算してやる。少女は皐月に感謝し、母親のように慕い始めた。皐月はその少女を自分の手元に置き、我が子のように可愛がった。

その少女が、今のメイド頭、根元千代子だ。 

しかし、千代子が怯えていたのは借金取りだけではなかった。

彼女は勤めて早々に、高徳により辱めを受けていた。それも一度ではなく数回。高徳はその場しのぎの金を千代子に与え、「これで和姦だ」と言い捨てた。当時は児童買春禁止法もなく、千代子は罪の意識と高徳の行為に怯え、ひたすら口を噤んだ。



「確かに、恥じるべきは祖父の行いでしょう。でも」

「あたくしを妾の娘と呼んだあの女にも、思い知らせてやりたかっただけよ! 自分もただの妾で、息子を産んでるじゃない、ってね!」


ヒステリックな叫び声に卓巳は顔を顰めた。

尚子は千代子と高徳の関係だけでなく、千代子の産んだ子供の存在まで探り当て、皐月に突きつけたのだ。


「しかも、邸にまで引き入れていたのよ。皐月様はそんなことも知らずに目をかけておいでで。皐月様がお気の毒じゃありませんの。ですから、あたくしは真実をお教えしたまでですわ!」


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