愛を教えて
卓巳の言葉を聞くなり、万里子は目を伏せた。


彼女の母親は妊娠中のトラブルで亡くなっている。

順調に思えても妊娠には危険が付き纏う。

ましてや、母と娘は体質が似るという。もし、妊娠中にトラブルの起こりやすい体質だとしたら。万里子に何かあってからでは取り返しがつかない。


「卓巳さん……そんなことを言ってたら子供なんて産めません」

「妊娠に気づかず、健康診断のX線検査を受けたりして、子供を諦めるケースは少なくないと聞いた。もし、その子が生まれても数時間しか生きられなかったら? 或いは、数十年の人生をベッドの上でしか過ごせなかったとしても?」


卓巳は右手からタオルが落ちるのも構わず、万里子の両腕を掴んで熱く語る。


「僕には何もできないんだぞ! 君や子供が負うリスクを、最小限にしようとして何が悪い! 今なら心臓もでき上がってない、わずか数ミリの細胞に過ぎないだろう!?」


乾いた音が寝室に響き、救急箱を持って駆けつけた雪音の耳にも届いた。

万里子が卓巳の手を振りほどき、頬を打った音だ。


「私たちの子供を……そんな、悪性の腫瘍みたいな言い方をするなんて」

「今は同じだ。癌が見つかったと言われた気分だよ。第一、ライカーの事情を知らなければ、奴の子供じゃないかと疑うところだ」


その瞬間、万里子ではなく、後方から何かが卓巳の背中に当たった。下を向くと、足下には消毒液が転がっている。


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