女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
その時、綺麗な顔を不機嫌そうに歪ませていた斎が、するりと表情を変えた。
え? 驚いた私は呆気に取られる。
ヤツは二重の綺麗な目元を柔らかく細めて、美しい笑みを浮かべる。白い歯をみせて、ふんわりと色気のある、極上の微笑みだ。
通りすがる女性達が思わず振り返るような、斎独特のすばらしい笑顔。
「まり」
あの美声が鼓膜を揺らした。
そして一歩近づき、手を伸ばして棚をつかみ、呆然と固まる私をスチール棚の間に閉じ込める。
綺麗な顔を、吐息が頬にかかるくらいまで近づけ、私を見詰めながら言った。
「俺を、忘れられないんだろう、まり」
美声が耳をくすぐる。
名前を呼ばれるだけで理性が吹っ飛んだものだった。この瞳に見詰められるだけで、頭の中もとろけたものだった。
―――――――――以前は。
呆然としていた霧のような意識世界から、現実に戻れたのを感じた。
私は視線を反らさずに真っ直ぐに斎を見返す。
もうこの瞳にも声にも負けないと、病院の天井に誓ったのだ。