蒼の王国〜金の姫の腕輪〜
‡〜過去の残滓〜‡

眼が合ったのだ。
門楼の中から泣き叫ぶような顔で、あの人がいた。
そんな顔もできたのかと思った。
そして美しい夜空が焼き付いた。

今の今まで思い出せなかった。
術はあの時に解けていたのに…。
全てを覚えているはずの私が、思い出せなかった。
それは、自己暗示だったのだろう。
覚えていてはいけないのだと暗示を掛けた。
覚えていたら、ここまで来なかった。
罪の意識と、自己嫌悪でとっくに世界から逃げ出していたと思うから。

今、あの時の場所に立っている。
あの時この世界に別れを告げた場所…。
あの人を裏切った場所。

二度と会えないのだとは言えなかった。
抱き締めてくれたあの人に…その先の約束をくれたあの人に…告げる事ができなかった。

愛してくれた彼だから…。
私の事など忘れて幸せになって欲しい。

初めて愛した人だから…。
全ての人生の終わりまで想い続けよう。

等の昔にあの人は私を見限ったはずだ。
私の事など忘れて、またどこかの国を建て直し、今度こそ賢王の補佐として、国に愛される宰相になっているだろう。
今更迎えに来て欲しいなどとは思わない。
もし出会えたとしたら、この国の建て直しに力を貸して欲しいと頭を下げよう。
今は間違ってしまっているかもしれないが、マルスならば良い王になれる。
ちゃんと人を愛せる子だから。

「ッどうした?リュスナっ?」

涙が流れた。
後悔などない…ないはずなのに…。
今更思い出すなんて…。

「っ蒼葉様ッッ」

聞こえた声は、ひどく心に響いた。
やめて欲しい。
こんなにも弱くなっている時に、現れるなんて反則だ。

「蒼葉様ッ」
「ッ来ないでっ…今は駄目っ…」

振り向かずに叫んだ言葉は、自分でも信じられない程子どもじみたもので…けれどそれしか言えなかった。
あの人ではないけれど、迎えに来てくれた人。
それでも本当に想っている人を思い出してしまった私には、縋る資格はない。

「リュスナ…?
俺も駄目か…?」
「…っ…もう少し待ってください…ちゃんと治まりますから…」

暫く誰も動かなかった。
いや、突然音もなく背中から優しい腕が抱きすくめた。

「馬鹿ねリュスナは…。
せっかく近くにいるのだから、縋ったっていいのよ。
男なんてそれくらいしか役に立たないんだから」
「そうねぇ◎
昔から一人で我慢するクセ治すには、役立たずの男を使うのが一番よ☆」

そう言って抱き締めてくれる二人は暖かかった。



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