蒼の王国〜金の姫の腕輪〜
第四章〜闇に潜む〜

闇に堕ちる

‡〜バルトと春臣〜‡

ようやく見つけた。
数日会えなかっただけだと言うのに、何年と離れていたような錯覚を起こした。
大袈裟だと言われても、自分にはそう感じられたのだ。
小さな背中が見える。
見間違うはずのない後ろ姿。

「っ蒼葉様ッッ」

思わず叫んでいた。
馬車から飛び降り、走り出す。

「蒼葉様ッ」
「ッ来ないでっ…今は駄目っ…」

振り向く事なく発せられた言葉は、拒絶だった。
小さく震えるような背中を見て、その場に足が張り付いてしまった。
立ち止まった場所は城門へ続く石橋の上。
蒼葉との距離は十メートル程。


そして気が付いた。
あの日、この場所、この距離で彼女を見たことに…。


何故気づけなかったのかと何度も悔いた。
未来をあげたかった人の未来を絶った。
幸せにしたかった。
愛したかった。
愛していると言わせたかった。
ただ一人、初めて愛しいと思った人だった。

静かに横をすり抜けていくフェリスを見送りながら、それでも動けなかったのは、”柚月春臣”としての想いと、”バルト・オークス”としての想いが交錯したから…。
揺らがないはずの心が揺れたから…。

バルト・オークスであった俺に、出会って間もない頃、その眼が時々揺れる事に気付いた。
最初、女だと気づいていなかったが、知ってすぐ、何を思って闘いの場へと出てきたのだろうかと馬鹿にしていた。
恋人でも国に殺されたのだろうか。
そう思ったのは、無意識に誰かを…俺の後ろに誰かの姿を探しているように感じたからだ。

二人の女性に包まれて見えなくなった蒼葉をじっと見透かすように見つめる。

半年程共にいたのに、何も知らなかったのだと気付いたのは、彼女の葬儀の時。
何一つ想いは届いていなかったのだと気付いたのはあちらの世界へ送られる彼女を見た時。

そして、今気付いたのは、蒼葉も俺の事など求めてはいないのではないかと言う事。

拾われたのはただの偶然だと思いたくなかった。
求め続け、彼女の棺の前で願い続けた想いが通じたのだと思ったのは愚かだった。

ゆっくりと足下から沈んでいくような感覚が支配していく。
視線を先へと転じれば、同じように立ち尽くす男が目に入った。
気付いたように同時に眼が合った瞬間、溢れだす想いの奔流に耐えられなかった。

傍にいたのは俺だ!
今傍にいるべきなのは俺だ!
彼女を一番想っているのは俺だ!


彼女が愛するのは俺でなくてはならない!


そうして闇へと堕ちていった。

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