惑溺
 
心臓が脈を打つ度に震える指で、慎重に通話ボタンを押し携帯を耳に当てた。


「……もしもし?」

恐る恐るそう言うと、繋がった瞬間電話の向こうにいる彼が
ふ、と息を吐く気配がした。

まるですぐそばに。耳元に彼がいるような錯覚に目眩がした。


『……由佳?』

リョウの低い声に紛れて落ち着いたBGMが聞こえる。
耳元で私の名を呼ぶ低い声。
それだけで私、こんなに動揺してる。

『また店に手帳忘れてたよ。相変わらずボーッとしてるよな』

からかうような意地悪な口調に、微かに優しさが滲んでいた。

「そっちこそ、鍵……」

『あぁ、鍵ね。
なくして困ってたんだ』

「嘘つき」

< 366 / 507 >

この作品をシェア

pagetop