惑溺
恥ずかしげもなく正面から顔を覗き込もうとする矢野くんに
「ちょっと、やめてよ。
そういう風にからかわれるの、私嫌いだから」
うつむいた顔が見えないように掌で覆って、強い口調で言った。
「からかってないっすよ。マジっすよ。
ってか、松田さんもうそれ、わざとでしょう?」
「わざとって、何が?」
いつまでもからかい続ける矢野くんに腹が立って、顔を上げて思いっきり睨む。
「顔を覆う仕草とか、真っ赤な顔で睨むのとか、かわいすぎ。
もしかして俺、誘われてますか?」
「何バカな事言ってんの」
「かわいい。動揺で目が泳いでる。
それもわざと?それとも天然?」
どこまでもからかい続ける矢野くんの態度に腹が立って、クルリと椅子を回転させるように背を向けて、誰もいない壁を見ながら一気にグラスを傾けた。