弟矢 ―四神剣伝説―
おきみの手に男の流した涙がぽとぽと落ちた。大人は泣かない、そう思っていたおきみに、その涙は衝撃だった。


『か、ずや……さ、ま』


途切れ途切れ、咽から音を押し出すように、おきみは声を出そうとする。


『いや、一矢は兄だ。俺は、乙矢だよ。『おとや』だ』


喋れなくても乙矢は怒らない。わざとゆっくり口を開き『おとや』と教えてくれた。


『お、と……や』

『ああ……なんでだろうな。俺は、誰も死なせたくないのに……。助けたかったのに』

『おとや……おとやぁ……おとやぁっ!』


その後、咽が嗄れるまでおきみは乙矢の名を呼び続けた。


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