弟矢 ―四神剣伝説―
だが、乙矢はキッと前を向き、姿勢を正した。


「嫌なんだ。『鬼』で人が死ぬのは、もう嫌だっ!」

「乙矢っ!」


新蔵の手を振り払い、乙矢は駆け出した。



最早、人として、生きてはいない『鬼』だった。

背中に刺さった数本の刀は、一本は胸に、一本は腹に抜け、剣先が見えている。刃で抉られたのか、あるべき場所に左目はなく、耳の横にぶら下がる物体が目玉の残骸を思わせた。

神剣を手にする骸と、戦い続けている。

兵士らがすっかり士気を失い、怯えて逃げ惑う一方になっても仕方ないと思えた。

乙矢の目に彼らの姿がはっきり映った時、『鬼』は咆哮を上げ、逃げ損ねた兵士らを威嚇した。その声に、一人の兵士が味方の死体に躓き、尻餅をつく。それは、ちょうど奴の進路上だ。案の定、次の獲物を見つけ、唸りを上げながら斬り掛かった。

だが――不意を突かれた横からの体当たりに『鬼』はよろめき、動きを止めた。乙矢だった。


「立て! 逃げろよ、早く!」


およそ十代半ば、乙矢や弓月と歳の変わらぬ蚩尤軍兵士は、腰が抜けたのか座り込んだままだ。乙矢は脇に手を入れ、少年兵士を強引に立たせる。


「ほらっ! はや……」

「馬鹿乙矢っ! 後ろだ!」


新蔵の声から半瞬遅れて、『青龍一の剣』が乙矢の頚動脈を襲った。


< 279 / 484 >

この作品をシェア

pagetop