弟矢 ―四神剣伝説―
慌てて首を引き、薄皮一枚斬られたに止まる。

だが、『鬼』は不規則な剣筋で、次々と乙矢に斬りかかった。どうやら、標的を変更したらしい。乙矢は足元に転がった刀を拾い、応戦しようとするが――それすらもままならず逃げる一方だ。



「どけぇ! 乙矢っ!」


突如、地響きが足元から伝わる。それは、重い車輪が地面を転がる音だった。

どこから持って来たのか、新蔵がもの凄い勢いで大八車を押し、突進して来る。


「ちょ……待て。うわぁっ!」


『青龍一の剣』と大八車に挟まれ掛け、地べたを舐めるように転がり、乙矢は間一髪で逃げ出した。

新蔵の大八車は『鬼』に正面からぶち当たった。そのままの勢いで家の壁を突き破る。あまりの衝撃に、梁も柱も屋根も見事に崩れ落ち……さすがの『鬼』も、瓦礫と共に埋もれ、動きを止めた。

新蔵は倒壊家屋の下敷きにならないように、寸でのところで引き返してきた。


「し、新蔵……お前、わざと俺を挟もうとしたんじゃねぇだろうなっ!?」

「逃げ足だけは早いんだろう? 丸腰で突っ込むお前が悪い。助けてやったんだぞ、礼を言ったらどうだ」


軽く睨み合う乙矢らの後方で、人の動く気配がした。

そこには、立って動ける蚩尤軍の兵士らが、わらわらと集まって来ている。


「だから言わんこっちゃないんだっ!」


乙矢に悪態を吐きつつ、新蔵は刀を抜く。


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