弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢の声は震えていた。正三が怖いわけじゃない。その言葉の意味を、聞かずとも察したからだ。


「斬れぬ、では困る。斬らぬ、と言うなら……神剣の主となってから言え」

「もし、なれなかったら?」

「姫様が、お前の姉上と同じ最期を辿る。それだけのことだ」


五寸釘を胸に打ち込まれたほどの痛みだ。今日だけで、どれほどの荷物を背負ったのだろう。これまでろくに背負わず、逃げ出していた報いだと言われたらそれまでだが……。


重さと苦しさに思わず膝をついた。乙矢は頭(こうべ)を垂れ、重圧に負けそうになる。

その時、固く結んだ拳に、そうっと柔らかいものが触れた。――おきみの小さな手であった。


「おとや……おとやぁ」


覗き込む眼差しは優しく、思慕の情に満ちている。


「おきみ……ごめ」


また謝りかけ、慌てて口を噤む。無力さを詫び、後悔して、また繰り返す。正三の言うとおり、今の乙矢は穴の開いた桶にすぎない。


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