弟矢 ―四神剣伝説―

四、勇者の資格

天空の星々は姿を隠し、わずかな光すら地上に射し込むことはなかった。

二十六夜の月も、厚い雲に覆われて、今はその細い姿を、垣間見ることもできない。

里の入り口で様子を窺うのは、到着したばかりの援軍だった。生き残ったわずかな兵士から事情を聞き、数人が狩野のもとに取って返す。


正三は、乙矢が勇者だと信じて自らを盾にした。いくら新蔵が単細胞でも、最早、正三に助かる望みがないことくらいわかっている。

五つ年上で入門した時から一度も勝てない兄弟子だった。

稽古場に近い、離れで共に寝起きした。親に捨てられた新蔵にとって、唯ひとり“兄”とも呼べる人物だ。

剣術だけでなく、喧嘩の仕方から、稽古のさぼり方まで彼に教わった。東国に戻れば、女の抱き方も教えてやる、と言われたが……その約束が果たされることはないだろう。

幼い頃「しょうざ」と呼び捨てにし、身分が違うと他の兄弟子に殴られた。後に、名を呼んでも構わぬと正三に言われたが、結局、二度と呼び捨てにすることはできなかった。


――そんな、どうでもいいことまで次々と思い出され……。


決して泣くまいと噛み締めた唇が切れ、赤い涙となって流れ落ちる。古い記憶に、胸はがんじがらめに縛られ、咽が詰まりそうなほど息苦しい。


その正三が乙矢を信じるなら、理屈は要らぬ。

狙うは敵将のみ。それは、正三に教わった戦術だ。乙矢を弓月の許に送り届けるためなら、討ち死には覚悟の上だ。


武藤配下の蚩尤軍兵士らとは心を通わせ合ったが、その連中は『鬼』によってほとんどが殺された。

援軍の兵士にとって、新蔵らはただの謀反人に過ぎない。無論、語り合えば理解して貰える可能性はある。だが、互いに刀を持ち、睨み合った状況で、それはただの世迷言、絵空事だろう。


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