弟矢 ―四神剣伝説―
第八章 湯治場の宿

一、正三の約束

厚い雲が空を覆い、足元を照らす一筋の灯りすら見つからない。そんな、長く忘れられたような山道を、弓月らは北上していた。

そして、夜半を過ぎた頃、小さな集落に辿り着く。

そこは、山あいの僻地に作られた湯治場(とうじば)で、数軒ばかりの寂れた湯治宿があった。凪はその一軒を、一夜の宿に選ぶ。


道中、凪の表情から緊張の色が消えることはなかった。一矢に対して、あからさまな警戒を見せる。宿の部屋も自分と弓月を同じにするくらいだ。叔父と姪とはいえ、望めば婚姻も認められる時代。許婚を差し置くなど、普通なら考えられない。

さすがに、誤解を生まぬように、と、弥太吉も同じ部屋となった。

だがそれに、弥太吉が不満を唱えた。


「変ですよ、凪先生。先生は宗主にはなられないと仰ったはずなのに。許婚の一矢さまがおいでなのに、姫さまと相部屋なんて」

「弥太、許婚と夫は同じではない。祝言も挙げずに、相部屋は認められない。私とは血縁もあるし、誤解を生まぬためにお前も一緒ではないか。――それとも、一矢どのに何か言われたのかい?」


凪は静かな口調で……且つ探るように、弥太吉に問い掛ける。


「いえ、別に……ただ、おいらには、伝説の勇者さまに逆らう先生のお気持ちがわかりません。全部お任せして、本当は先生も、織田さんと一緒に里に残られたほうが良かったんじゃないかと思っただけです」


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