女王様のため息


就業時間もそろそろ終わる頃、忙しい仕事に一旦段取りをつけて人事部へと行った。

異動に伴う引っ越しの件で、話をしようと思って担当の大村さんに声をかけた。

入社二年目の彼女は、いつもおっとりとした仕草で仕事をこなす癒し系の女の子。

社員からの、特に男性社員からの評判も芳しくて社内でも人気の高い女の子だ。

「大村さん、忙しそうなところ申し訳ないけど、ちょっといいかな」

「あ、いいですよ。何かありましたか?」

書類をホッチキスでまとめていた彼女は、にっこりとほほ笑んで振り返ってくれた。

顎のラインで切りそろえられたまっすぐで綺麗な髪の毛が揺れて、途端にいい香りも広がる。

薄化粧なのに目鼻立ちが整っているせいかはっきりとしたその表情はまるで人形のようでどきっとしてしまう。

同性ながら、惚れてしまいそうだな。

思わず苦笑しながら肩を竦めていると、怪訝そうに私を見遣る大村さん。

「あ、ごめんごめん。えっとね、研修部から連絡がいってるって聞いたんだけど。えっと、引っ越しの件で……」

意識的に声を潜めて囁くと、はっと思い出したように目を大きく開いた大村さんは

「はい、聞いてます。よければ、あちらで……」

私の小さな声に影響されたのか、大村さんもひそひそと囁きながら慌てたように立ち上がった。

手元の書類を片づけて、あらかじめ用意してくれていたのか机の中からファイルを手に取ると

「打ち合わせ室でいいですか?」

周りの目をうかがうようにそっとその場を離れた。

そんな彼女の後ろからついていきながら、思わず笑いが出て仕方がなかった。
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