女王様のため息
* * *
「まじであり得ない。せっかく異動がなくなったのに仕事辞めるって何考えてるんだ?」
「……そんなに興奮する事ないじゃない」
「本当、そんな大切な事を何で一人で決めるんだよ。……それも部長に言ってしまうし、総務部のみんなだって聞いてるし……撤回するのも大変だぞ」
「撤回なんてしないから大丈夫」
私は軽く言って肩をすくめた。
「思いつきで決めたって、どうせ後悔するに決まってるんだ。
うちの会社は一旦辞めると再就職はできないんだぞ」
「そうだね」
「だね、って……」
私の淡々とした口調に、司は『はあっ』とため息を吐いて、頭を抱えた。
「そんなに悩むほどの事でもないでしょ?」
呆れたように呟いた私をちらりと睨む司は、ソファの背にどさっと体を預けた。
目を閉じて、どこか疲れたように眉を寄せている様子からは、私の突然の発言にご立腹のよう。
部屋の空気もどこか低く感じるのは気のせいじゃないはずだ。
株主総会の打ち上げが終わった後、お店で私を待っていた司と私の部屋に帰って以来、というか、お店を出てからずっと不機嫌なその様子に私もちょっとげんなりしている。
私が会社を辞める事がそんなに気に入らないなんて、予想外だ。
部長にその気持ちを伝えた時にも驚いて言葉を失っていた。
確かに会社を辞める事は、一言も司に相談をしてなかったけれど、だからと言ってそれほど反対する事なのかと思って私もため息ひとつ。
司にあらかじめ言わなかった事を怒っているのなら、それは申し訳ないと思うけれど、それでもこの司の態度は拗ねてる子供みたいだ。
本当、子供だよ。
仕事は抜群にできるのに、私の事になると、本当にだめな男だ。
しばらく何かを考えているように目を閉じていた司は、ふと体をソファから起こして、いきなり私の体を引き寄せた。
「ちょ、ちょっと司っ?」
驚く私に構う事なく力を緩めないままの司に抱き寄せられた私の頬は、気付けば司の胸に押し付けられて。
「い、痛いよ」
思わずそんな言葉がでるくらいの強さでぎゅっと抱きこまれていた。