キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
アンネモーナは答えないキリを見て、ラグナードに叱咤(しった)されたことにはたと思い当たった様子で、

「気を遣わずともよい。わらわが許すぞ。名を答えよ」

と、やはり優しくつけ加えた。

女の顔には、ラグナードへの冷たい態度とは打って変わって、まるで別人のようなあたたかな微笑がうかんだ。


「キリ……」

いまだぼう然としたままで、キリはのろのろと名乗った。


「キリか。
どこかの貴族の娘ではなく平民か?」

「はい……ただの魔法使いです」

「そなた、わらわに仕える気はないか?」


扉の取っ手に手をかけていたラグナードが、はじかれたようにふり向いた。


「そなたのように器量よしのかわいい娘ならば、取り立ててやるぞ、どうじゃ?」


キリに食い入るような視線を向けたままそう言うアンネモーナと、

周囲の女官たちとをキリは交互に見た。



どの女官も若い。

十九歳の王子を産んだ女に仕えるにしては、若すぎる。



はじめは、女官たちにも若さを保つ魔法がかかっているのかと思ったが、

アンネモーナに甘えるようにすり寄る姿や、笑いさざめく様は、
彼女らが見た目の年齢どおりの──少女であることをうかがわせる。




十代の少女たちばかり。

キリと同じくらいの年齢の──




急に、

背筋にぞっと寒気のようなものを感じて、


キリはゆっくりと首を振って、アンネモーナのヘーゼルの瞳から逃げるように一歩後ろに下がった。


「いいえ」


今ごろになって、初めて気がつく。

この部屋の中には、得体の知れぬ異様な空気が充満していた。


「わたしは、ごほうびをもらったら、ゴンドワナに帰ります」


「ゴンドワナか。それは遠いのう」

アンネモーナは目を細めて、

「気が変わったら、いつでもわらわのところにおいで」

そう言って、キリを部屋から送り出した。





アンネモーナの部屋を後にして、

うすぐらい廊下をしばらく黙ったまま三人で歩いて、


「ぶった……」


ようやくキリは自分の身に起きたことを理解して、立ち止まった。


「ラグナードがぶった」


ラグナードとジークフリートも足を止めて、キリをふり返った。


「ヒドい……ふえ……なんで……?」


壁に灯されたろうそくの光の中で、エメラルドグリーンの瞳が見る見るたまった涙にゆらめく。


「ラグナードがぶったぁ──」


子供のように泣き出したキリを見て、ふん、とラグナードがまったく悪びれずに鼻を鳴らした。


「それがどうした」


冷たい言いように、

「うわぁん、ほっぺがいたいよー」

と、キリがジークフリートにしがみついて白い衣の胸に顔を埋めた。

「ヒドいー」

「そいつからはなれろ! 抱きつくな!」

その様子には青くなって、ラグナードがあわてて声を上げた。


「痛いなら、霧の魔法で腫れごと痛みも消してしまえばいいじゃねーか」

と、すがりついて泣きじゃくるキリを抱きしめることもせず、ただ平然と見下ろしてジークフリートが言った。


「うう、そうする」

キリが泣きながらうなずいて、魔法でほっぺたの痛みを消した。

「ううう、まだ心がいたいよー。あたまなでて」

「あ?」

「心のいたみは、そうやって消すの。
よしよしって言って、わたしのあたまをなでなでして」

首をかしげたジークフリートを涙目でにらんでキリが言って、

「よしよし」

キリにも忠誠を誓っているジークフリートが素直に従って、キリの頭をなでた。


「やめろ!」

と、それを見たラグナードがわめいた。


「ふー。いたくなくなった」

キリが涙をふいてジークフリートからはなれた。

「子供か!」

ラグナードの声が廊下に響いた。
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