キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
無言で、ジークフリートの青い瞳がラグナードを見返した。
パイロープで嫌というほど味わった、天の人の圧倒的な力が生々しくよみがえり、
「いや、俺の判断ミスに殺されたと言えるかもな」
ラグナードは瞳に苦悩の色をにじませて、首を振った。
「冷静に考えてみれば、自然の火山が生み出す炎を凍りつかせ、地域の気候を丸ごと変化させるほどの力を持った相手に、人間の魔法使いが生み出す火力程度で対抗できるはずもない。違うか?」
「……違わない」
静かに答えて、キリもまたジークフリートの魔力と天の姿を脳裏に描いた。
ラグナードとキリが勝利し、生還できたのは奇跡に近い。
王家の宝剣レーヴァンテインがなければ、
剣に恐るべき炎が封印されていなければ、
その封印をキリが解かなければ、
今ここに、彼らはいなかったのだ。
「なのに、俺が先遣隊とともに彼を死地へ送った」
己と、
目の前の殺人者とに対する怒りに満ちた──血を吐くような、後悔の言葉だった。
「師匠が戻らず、姉上も行きたがったが……王家の出である姉上を危険な地に送ることには臣下から猛反対があった。
俺としても、姉上が行ってどうにかなるとは思えなかったし、他国との戦のことも考えると、これ以上この国の魔法使いを失うわけにもゆかなかった」
ん? とキリはラグナードの顔を見上げた。
聞き捨てならない内容がふくまれていた。
「まさかそれで、死んでもかまわない他国の魔法使いを探してたのっ!?」
「ふん、そういうことだな」
「おにー! あくまー!」
キリは口をとがらせて、
「でも、だからってラグナード自身がパイロープに行くのは、やっぱりもっとまずかったと思うんだけど」
家臣を失うわけにはゆかないからといって、王子様自身が率先して死地におもむくのでは本末転倒もいいところではないだろうかと思った。
このあたりは、キリが想像していた──ただ安全な場所から命令するだけの王族とは少し違っているが、
国にとっては、魔法使いよりも王子のほうを失うわけにはゆかないに決まっている。
「べつに」
と、ラグナードはすねたような──そっけない口調で言った。
「俺が死んでもこの国の王位継承者ならまだ妹がいるし、陛下が結婚して子供ができる可能性だってある。
希少な魔法使いに比べたら、俺の命などいくらでも代わりが利く」
王子様はまた、
なげやりな、
自嘲的な、
冷ややかな笑いで美しい口もとをいろどる。
「それに──」
紫色の瞳が、
後にしてきた部屋を見るかのように、背後の闇の奥を見て、
「俺が死ねば、少しは悲しんでくれるかと思った」
そう言って、
ラグナードは泣き笑いのように顔をゆがめた。
「甘い幻想だとわかりきっていたけどな」
四年前、十五歳で初陣した時、アンネモーナは彼に言ったのだ。
今生の別れになるかもしれないと出陣前の挨拶に顔を見せ、温かい母の言葉を期待した息子に。
「国のために死んでくるがよい」
──と。
「必ず生きて戻って来るようにとは、言ってくださらないのですか」
がく然としながら問うたラグナードに、母は、
「お前など、死んでしまってもわらわは一向にかまわないよ」
そう冷淡に言い放って戦場へと送り出した。
以来、ラグナードは戦場で、最も危険な前線に好んで身を置き続けた。
まるで自ら進んで命のやりとりを求めるかのように。
自分が死んで母にその亡骸を見せつけてやろうとも、
どんな死地に身を置いても絶対に死んでなどやるものかとも思った。
もしも彼が死ねば、氷のようなあの母親も涙を流して、息子に冷たくあたりつづけたことを悔いるのではないか。
いや、息子の死を望むならば、こうして彼が危険な戦場から生きて戻り続けることこそ母親への嫌がらせになるのではないか。
彼はとにかく母を困らせてやりたかったのだ。
自分に死ねと言った母を。
パイロープで嫌というほど味わった、天の人の圧倒的な力が生々しくよみがえり、
「いや、俺の判断ミスに殺されたと言えるかもな」
ラグナードは瞳に苦悩の色をにじませて、首を振った。
「冷静に考えてみれば、自然の火山が生み出す炎を凍りつかせ、地域の気候を丸ごと変化させるほどの力を持った相手に、人間の魔法使いが生み出す火力程度で対抗できるはずもない。違うか?」
「……違わない」
静かに答えて、キリもまたジークフリートの魔力と天の姿を脳裏に描いた。
ラグナードとキリが勝利し、生還できたのは奇跡に近い。
王家の宝剣レーヴァンテインがなければ、
剣に恐るべき炎が封印されていなければ、
その封印をキリが解かなければ、
今ここに、彼らはいなかったのだ。
「なのに、俺が先遣隊とともに彼を死地へ送った」
己と、
目の前の殺人者とに対する怒りに満ちた──血を吐くような、後悔の言葉だった。
「師匠が戻らず、姉上も行きたがったが……王家の出である姉上を危険な地に送ることには臣下から猛反対があった。
俺としても、姉上が行ってどうにかなるとは思えなかったし、他国との戦のことも考えると、これ以上この国の魔法使いを失うわけにもゆかなかった」
ん? とキリはラグナードの顔を見上げた。
聞き捨てならない内容がふくまれていた。
「まさかそれで、死んでもかまわない他国の魔法使いを探してたのっ!?」
「ふん、そういうことだな」
「おにー! あくまー!」
キリは口をとがらせて、
「でも、だからってラグナード自身がパイロープに行くのは、やっぱりもっとまずかったと思うんだけど」
家臣を失うわけにはゆかないからといって、王子様自身が率先して死地におもむくのでは本末転倒もいいところではないだろうかと思った。
このあたりは、キリが想像していた──ただ安全な場所から命令するだけの王族とは少し違っているが、
国にとっては、魔法使いよりも王子のほうを失うわけにはゆかないに決まっている。
「べつに」
と、ラグナードはすねたような──そっけない口調で言った。
「俺が死んでもこの国の王位継承者ならまだ妹がいるし、陛下が結婚して子供ができる可能性だってある。
希少な魔法使いに比べたら、俺の命などいくらでも代わりが利く」
王子様はまた、
なげやりな、
自嘲的な、
冷ややかな笑いで美しい口もとをいろどる。
「それに──」
紫色の瞳が、
後にしてきた部屋を見るかのように、背後の闇の奥を見て、
「俺が死ねば、少しは悲しんでくれるかと思った」
そう言って、
ラグナードは泣き笑いのように顔をゆがめた。
「甘い幻想だとわかりきっていたけどな」
四年前、十五歳で初陣した時、アンネモーナは彼に言ったのだ。
今生の別れになるかもしれないと出陣前の挨拶に顔を見せ、温かい母の言葉を期待した息子に。
「国のために死んでくるがよい」
──と。
「必ず生きて戻って来るようにとは、言ってくださらないのですか」
がく然としながら問うたラグナードに、母は、
「お前など、死んでしまってもわらわは一向にかまわないよ」
そう冷淡に言い放って戦場へと送り出した。
以来、ラグナードは戦場で、最も危険な前線に好んで身を置き続けた。
まるで自ら進んで命のやりとりを求めるかのように。
自分が死んで母にその亡骸を見せつけてやろうとも、
どんな死地に身を置いても絶対に死んでなどやるものかとも思った。
もしも彼が死ねば、氷のようなあの母親も涙を流して、息子に冷たくあたりつづけたことを悔いるのではないか。
いや、息子の死を望むならば、こうして彼が危険な戦場から生きて戻り続けることこそ母親への嫌がらせになるのではないか。
彼はとにかく母を困らせてやりたかったのだ。
自分に死ねと言った母を。