キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
ひょっとしたら、アンネモーナは戦の前の息子を奮い立たせるため、あえて突き放した物言いをしただけなのかもしれず、
他の国でも、同じような母と子のやりとりがあるのかもしれなかった。
しかしそうとは割り切れぬほどに、
死んでしまってかまわないという母の言葉はラグナードの胸をえぐり、深くつきささったのである。
幼児が、かまってほしくて母親を困らせようとするのとまったく同じ、
そんな子供じみた感情に突き動かされて、
彼は武功を立て続け、剣の腕を磨き、生と死のはざまの戦地を駆け回り続けた。
実際、
戦場における最前線での経験は、剣の稽古に明け暮れた王宮での日々以上に、彼を鍛え上げ──
この若さで、王国随一の剣士と呼ばれるまでになって、ついには王家の剣レーヴァンテインを授けられた。
しかし、
彼が母にふり向いてほしくて手柄をあげればあげるほど、
武功を立てれば立てるほど、
母はラグナードを疎ましく思う様子を見せ、彼を遠ざけた。
「俺が、あなたに何をしたというのですか!?」
いつだったか、ラグナードは母にたずねたことがある。
「俺の何が、それほどあなたの気に入らないのですか!?」
──と。
母の答えは、
「わらわは、それがわからぬおまえが一番気に入らぬ」
というものだった。
彼に、どうしろというのか──。
「母上はよほど俺のことがお嫌いらしい」
ラグナードはくらい目であざ笑って、歩みを再開する。
キリは、痛々しい背中を言葉もなく見つめた。
どうして母親に嫌われなければならないのか。
いつから──母は彼を嫌うようになったのか。
考えあぐねたラグナードが行き着いた答えは、十年前だった。
あのときからだ。
十年前、あの男が宮廷入りを果たして、
母のそばにはべるようになってから、
母はおかしくなったのだ、と。
あの男になにかされて、母は──息子であるラグナードを愛せなくなってしまったのだ。
黙りこんでずんずん歩いていくラグナードにくっついて歩いて、
「じゃあ、もう一人のお兄さんは?」
気を利かせたのか、
単に興味が移っただけか、
キリはかわいい声で彼にそうきいてくる。
「さっきの話だと、もう一人お兄さんがいるんでしょ?
そっちは、どうして皇太子を辞退したの?」
ラグナードは渋面を作った。
「ああ……上の兄上──姉上のすぐ下の兄上は、今年で二十九歳になるが──こっちは……まあ、姉上と年齢が近いこともあったからな」
急に歯切れが悪くなってそんな説明をする彼に、ふうん? とキリが納得したようなしていないような声を返してくる。
「五歳しか歳がはなれていなければ、養子にとったところでどちらが先に死ぬかわからないだろう」
「なるほど。そうかもね」
「それとまあ、兄上には少し問題があってな……」
ラグナードは言葉をにごした。
「家臣の信頼が得られなかった」
「だあれの話よ!? 失礼しちゃうわね!」
とうとつに、
ハスキーな声がかかって、ラグナードのほおが引きつった。
見れば、前方の渡り廊下に立って、三人に視線を投げてくる、美女の姿があった。
「あ」とキリが小さく声をもらす。
深紅の長い長いウェーブの髪がゆれている。
なまめかしい白い肩が露出した色っぽい服にスカアト。
国王の執務室の前でも出会った、美人宰相である。
「この先は宮廷魔術師の研究棟よ。
こんな場所にラグが来るなんてめずらしいじゃない。なにか用があるの?」
美人宰相は、気安い口調で王子様にそう話しかけて、
「ちょっと姉上にお聞きしたいことが」
ラグナードが引きつった顔のままそう答えた。
「あら。ディジーに?」
美人は細い眉を上げて目を丸くした。
ラグナードが王宮のどこをどう歩いているのか、どこへ向かって歩いているか彼自身がちゃんとわかっているのか、
闇雲に宮殿の中を歩き回っているような気がしてキリは少し不安になっていたのだが、
どうやらラグナードは、先ほどの話の中に出てきた宮廷魔術師だというお姉さんに会いに来たらしいと判明して、キリは少しほっとした。
ディジーというのがその名前だろうか。
「宝物庫のことで」
と、ラグナードはさっさと会話を切り上げたがっている様子で告げた。
「管理をしているのは姉上だったはずですので」
「ああ、そう言えばそうだったわねえ」
「では、俺たちは兄上と話しているヒマはありませんので、これで」
──兄上!?
聞き間違いかと思って、キリはその美女を凝視した。
他の国でも、同じような母と子のやりとりがあるのかもしれなかった。
しかしそうとは割り切れぬほどに、
死んでしまってかまわないという母の言葉はラグナードの胸をえぐり、深くつきささったのである。
幼児が、かまってほしくて母親を困らせようとするのとまったく同じ、
そんな子供じみた感情に突き動かされて、
彼は武功を立て続け、剣の腕を磨き、生と死のはざまの戦地を駆け回り続けた。
実際、
戦場における最前線での経験は、剣の稽古に明け暮れた王宮での日々以上に、彼を鍛え上げ──
この若さで、王国随一の剣士と呼ばれるまでになって、ついには王家の剣レーヴァンテインを授けられた。
しかし、
彼が母にふり向いてほしくて手柄をあげればあげるほど、
武功を立てれば立てるほど、
母はラグナードを疎ましく思う様子を見せ、彼を遠ざけた。
「俺が、あなたに何をしたというのですか!?」
いつだったか、ラグナードは母にたずねたことがある。
「俺の何が、それほどあなたの気に入らないのですか!?」
──と。
母の答えは、
「わらわは、それがわからぬおまえが一番気に入らぬ」
というものだった。
彼に、どうしろというのか──。
「母上はよほど俺のことがお嫌いらしい」
ラグナードはくらい目であざ笑って、歩みを再開する。
キリは、痛々しい背中を言葉もなく見つめた。
どうして母親に嫌われなければならないのか。
いつから──母は彼を嫌うようになったのか。
考えあぐねたラグナードが行き着いた答えは、十年前だった。
あのときからだ。
十年前、あの男が宮廷入りを果たして、
母のそばにはべるようになってから、
母はおかしくなったのだ、と。
あの男になにかされて、母は──息子であるラグナードを愛せなくなってしまったのだ。
黙りこんでずんずん歩いていくラグナードにくっついて歩いて、
「じゃあ、もう一人のお兄さんは?」
気を利かせたのか、
単に興味が移っただけか、
キリはかわいい声で彼にそうきいてくる。
「さっきの話だと、もう一人お兄さんがいるんでしょ?
そっちは、どうして皇太子を辞退したの?」
ラグナードは渋面を作った。
「ああ……上の兄上──姉上のすぐ下の兄上は、今年で二十九歳になるが──こっちは……まあ、姉上と年齢が近いこともあったからな」
急に歯切れが悪くなってそんな説明をする彼に、ふうん? とキリが納得したようなしていないような声を返してくる。
「五歳しか歳がはなれていなければ、養子にとったところでどちらが先に死ぬかわからないだろう」
「なるほど。そうかもね」
「それとまあ、兄上には少し問題があってな……」
ラグナードは言葉をにごした。
「家臣の信頼が得られなかった」
「だあれの話よ!? 失礼しちゃうわね!」
とうとつに、
ハスキーな声がかかって、ラグナードのほおが引きつった。
見れば、前方の渡り廊下に立って、三人に視線を投げてくる、美女の姿があった。
「あ」とキリが小さく声をもらす。
深紅の長い長いウェーブの髪がゆれている。
なまめかしい白い肩が露出した色っぽい服にスカアト。
国王の執務室の前でも出会った、美人宰相である。
「この先は宮廷魔術師の研究棟よ。
こんな場所にラグが来るなんてめずらしいじゃない。なにか用があるの?」
美人宰相は、気安い口調で王子様にそう話しかけて、
「ちょっと姉上にお聞きしたいことが」
ラグナードが引きつった顔のままそう答えた。
「あら。ディジーに?」
美人は細い眉を上げて目を丸くした。
ラグナードが王宮のどこをどう歩いているのか、どこへ向かって歩いているか彼自身がちゃんとわかっているのか、
闇雲に宮殿の中を歩き回っているような気がしてキリは少し不安になっていたのだが、
どうやらラグナードは、先ほどの話の中に出てきた宮廷魔術師だというお姉さんに会いに来たらしいと判明して、キリは少しほっとした。
ディジーというのがその名前だろうか。
「宝物庫のことで」
と、ラグナードはさっさと会話を切り上げたがっている様子で告げた。
「管理をしているのは姉上だったはずですので」
「ああ、そう言えばそうだったわねえ」
「では、俺たちは兄上と話しているヒマはありませんので、これで」
──兄上!?
聞き間違いかと思って、キリはその美女を凝視した。