キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「なにしてたのー?」
ジークフリートをつれて扉の前にもどってきたラグナードにキリがたずねて、
「ドラゴンの考えることはわからん」
「地の人のやることはよくわからん」
二人がそれぞれそんな答えを返した。
「はにゃ?」と首を横にたおしたキリの横で、ラグナードはジークフリートに向かってもう一度口を開いた。
「いいか、姉上は宮廷魔術師だ。興味のあることはなんでも調べて知っている。
背中に翼のある人間が存在するなどという話は、すぐにうそだと見抜かれるに決まっている」
もしもジークフリートの正体が露見すれば──
「俺がパイロープに来た兵団を全滅させた者と知れたなら、この部屋にいるおまえの姉とやらにとって、俺は殺された師の仇(かたき)だな」
ジークフリートは淡々と、その事実を口にした。
あいかわらず天の人の顔は表情を作らず、キリやラグナードにはなにを考えているのか読みとれない。
「この俺に忠誠を誓うなら、なにが起きても俺の姉上にはぜったいに手出しするな。
たとえ姉上がおまえを殺そうとしても、姉上の魔法の力ではおまえに傷一つつけられないんだろう?
反撃はするな。これは命令だ……!」
「いいだろう。了解した」
氷のように冷たい無表情で、ジークフリートが命令を受け入れた。
タイミングよく扉が中から開かれて、こほんとメイドがせきばらいをして、
「お待たせして失礼しました、殿下。どうぞ中へ」
と、すまして三人を中へと案内した。
ラグナードに続いて扉の中に入りながら、キリはどきどきした。
「ね、ね、皇太子を辞退したっていっても、ラグナードのお姉さんってことは正真正銘の王女様だよね?」
「まあ、そうだが……」
「わー。わたし、本物の王女様に会うなんてはじめて」
女の子ならば誰もがあこがれる、おとぎ話のお姫様を想像して、キリは瞳をきらきらと輝かせた。
そんなキリを肩ごしに一瞥して、
「あまり期待しないほうがいいぞ」
ラグナードはなんとも言えない表情を作った。
つんとした古い書物のにおいが三人の鼻をつく。
足を踏み入れると、部屋の中はまるで書庫だった。
壁一面──どころか、
部屋一面に書架が並び立ち、
棚からあふれ出た魔法の本が、そこかしこに積み上がっている。
天井からつるされたシャンデリアの光は、並び立つ本棚にさえぎられて届かず、部屋の中は外の廊下と変わらずうす暗い。
積まれた書物の間をぬって部屋の奥へと歩いていくメイドについて進みながら、
「しばらく来ないうちに、また一段とすさまじくなったな」
とラグナードはあきれたが、
ゴンドワナの家にいるようで、
キリにとっては、そこは居心地がいい空間に思えた。
「お連れしました」と、
書物の小山に向かってメイドが声をかける。
どこにも王女様の姿は見つからず、キリは目をしばたたいて、
「ああ──ここだ、ここ」
おっくうそうな若い女性の声がして、
本の山の向こうでむっくりと人影が立ち上がり、姿を現した。
「悪いな、待たせて」
男のようなさばさばした口調で言って、
積み上がった書物の奥から出てきたのは、
モノクルをつけた、長い髪の美人だった。
真上のシャンデリアに照らされて、
炎のような、明るい色合いのオレンジの髪がゆれている。
「身支度なんてどうでもいいって言うのに、こいつがうるさくてな」
二十代半ばの美人はどこかねむたそうな、とろりとした青い瞳で
身にまとった、瞳と同じ青いドレスを見下ろした。
ドレスの上には、宮廷魔術師らしく深い青色のマントをはおっている。
「じょうだんじゃありません!」
三人を案内してきたメイドが、目尻をつり上げた。
「殿下にお会いになるのに、ディジッタ様ったら身だしなみも何もないんですから!」
「うるさいなあ」
メイドに小言を言われて、女性がめんどうくさそうな声を出す。
ディジッタ様、と呼ばれたその王女様に、キリは息をつめて視線を注いだ。
これがラグナードのお姉さん、と口の中でつぶやく。
青い瞳がキリたちのほうを向いて、
けだるそうに三人を順番にながめて、
「お久しぶりです、姉上」
とラグナードが会釈した。
美人の口が、彼に向かって開かれて──
「……ええと、誰だっけ?」
キリは耳を疑った。
「殿下ですぅッ」
メイドが悲鳴に近い声を上げた。
「うー、えっと、殿下、殿下……」
ディジッタという名の王女様は、ぶつぶつ言って首をひねって、
「ああ、思い出した! ユシーだ」
ラグナードを見つめてぽんと手をたたいた。
「だれがあんな変態女装男だッ」
ラグナードのこめかみに青筋がういた。
ジークフリートをつれて扉の前にもどってきたラグナードにキリがたずねて、
「ドラゴンの考えることはわからん」
「地の人のやることはよくわからん」
二人がそれぞれそんな答えを返した。
「はにゃ?」と首を横にたおしたキリの横で、ラグナードはジークフリートに向かってもう一度口を開いた。
「いいか、姉上は宮廷魔術師だ。興味のあることはなんでも調べて知っている。
背中に翼のある人間が存在するなどという話は、すぐにうそだと見抜かれるに決まっている」
もしもジークフリートの正体が露見すれば──
「俺がパイロープに来た兵団を全滅させた者と知れたなら、この部屋にいるおまえの姉とやらにとって、俺は殺された師の仇(かたき)だな」
ジークフリートは淡々と、その事実を口にした。
あいかわらず天の人の顔は表情を作らず、キリやラグナードにはなにを考えているのか読みとれない。
「この俺に忠誠を誓うなら、なにが起きても俺の姉上にはぜったいに手出しするな。
たとえ姉上がおまえを殺そうとしても、姉上の魔法の力ではおまえに傷一つつけられないんだろう?
反撃はするな。これは命令だ……!」
「いいだろう。了解した」
氷のように冷たい無表情で、ジークフリートが命令を受け入れた。
タイミングよく扉が中から開かれて、こほんとメイドがせきばらいをして、
「お待たせして失礼しました、殿下。どうぞ中へ」
と、すまして三人を中へと案内した。
ラグナードに続いて扉の中に入りながら、キリはどきどきした。
「ね、ね、皇太子を辞退したっていっても、ラグナードのお姉さんってことは正真正銘の王女様だよね?」
「まあ、そうだが……」
「わー。わたし、本物の王女様に会うなんてはじめて」
女の子ならば誰もがあこがれる、おとぎ話のお姫様を想像して、キリは瞳をきらきらと輝かせた。
そんなキリを肩ごしに一瞥して、
「あまり期待しないほうがいいぞ」
ラグナードはなんとも言えない表情を作った。
つんとした古い書物のにおいが三人の鼻をつく。
足を踏み入れると、部屋の中はまるで書庫だった。
壁一面──どころか、
部屋一面に書架が並び立ち、
棚からあふれ出た魔法の本が、そこかしこに積み上がっている。
天井からつるされたシャンデリアの光は、並び立つ本棚にさえぎられて届かず、部屋の中は外の廊下と変わらずうす暗い。
積まれた書物の間をぬって部屋の奥へと歩いていくメイドについて進みながら、
「しばらく来ないうちに、また一段とすさまじくなったな」
とラグナードはあきれたが、
ゴンドワナの家にいるようで、
キリにとっては、そこは居心地がいい空間に思えた。
「お連れしました」と、
書物の小山に向かってメイドが声をかける。
どこにも王女様の姿は見つからず、キリは目をしばたたいて、
「ああ──ここだ、ここ」
おっくうそうな若い女性の声がして、
本の山の向こうでむっくりと人影が立ち上がり、姿を現した。
「悪いな、待たせて」
男のようなさばさばした口調で言って、
積み上がった書物の奥から出てきたのは、
モノクルをつけた、長い髪の美人だった。
真上のシャンデリアに照らされて、
炎のような、明るい色合いのオレンジの髪がゆれている。
「身支度なんてどうでもいいって言うのに、こいつがうるさくてな」
二十代半ばの美人はどこかねむたそうな、とろりとした青い瞳で
身にまとった、瞳と同じ青いドレスを見下ろした。
ドレスの上には、宮廷魔術師らしく深い青色のマントをはおっている。
「じょうだんじゃありません!」
三人を案内してきたメイドが、目尻をつり上げた。
「殿下にお会いになるのに、ディジッタ様ったら身だしなみも何もないんですから!」
「うるさいなあ」
メイドに小言を言われて、女性がめんどうくさそうな声を出す。
ディジッタ様、と呼ばれたその王女様に、キリは息をつめて視線を注いだ。
これがラグナードのお姉さん、と口の中でつぶやく。
青い瞳がキリたちのほうを向いて、
けだるそうに三人を順番にながめて、
「お久しぶりです、姉上」
とラグナードが会釈した。
美人の口が、彼に向かって開かれて──
「……ええと、誰だっけ?」
キリは耳を疑った。
「殿下ですぅッ」
メイドが悲鳴に近い声を上げた。
「うー、えっと、殿下、殿下……」
ディジッタという名の王女様は、ぶつぶつ言って首をひねって、
「ああ、思い出した! ユシーだ」
ラグナードを見つめてぽんと手をたたいた。
「だれがあんな変態女装男だッ」
ラグナードのこめかみに青筋がういた。