キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「あんたの弟のラグナードだ!」


ラグナードが自分の姉に自己紹介をした。


「そうだった、そうだった、ラグだ」

あっはっは、と笑う王女様。


「何年ぶりだろ。いつの間にか大きくなって……」

「半年前にもお会いしているはずですが……!」

「あれ? でもおかしいな、ラグって女の子じゃなかった?」

「男です!」

「ええと、それじゃ、そっちの子は──」


ディジッタの瞳がキリを映して、キリは緊張した。


「ああ、彼女は……」

「いや。大丈夫、わかってる」


キリを紹介しようとしたラグナードを、王女様はさえぎった。


「は? わかってる……?」

「ええと……あれだ、忘れてないぞ。ちゃんと覚えてる」


初対面のキリに、なぜか王女様はそんなことを言って、


「この子は──いとこのクラリッサだ!」

「それは死んだばあさんの名前だッ」


ラグナードが力いっぱい訂正した。


「なにッ!? お祖母さまの名前だったか……?
ええと、それならこの子は……ちょっと待て、今思い出すから」

「いや、思い出せませんよ」


ラグナードがほおをひきつらせてそう言った。


「ばかにするな! 記憶をたどれば……」

「いくらたどってもあんたの記憶にキリがいるかッ!
初対面だ、初対面!」


王女様はぽかんとして、


「なーんだ」と笑った。


「そうか、初対面かぁ。それならそうと早く言ってくれ」

「姉上……」


ラグナードが頭を押さえた。

なにがなんだかわからずに姉弟のやりとりを聞いていたキリは、不安になった。


「お姉さんってば、だいじょうぶ? まだ若いのにボケちゃってるんじゃ……?」


会話を聞いていれば当然の心配だったが、


「姉上は昔からいつも忘れっぽいんだ」

と、ラグナードはため息をついた。


「えええ?」

キリはびっくり仰天した。

いくら忘れっぽくても、自分の弟がわからない人間がいるのだろうか。


ラグナードはのほほんと笑っている姉をにらみつけて、

「いい加減に、興味のないことはすぐに忘れるくせを直してください」

と言った。


「それに、興味のないことはしないくせも直してください。
また何日も体を洗ってないでしょう!」


えっ、とキリは王女様を見つめた。

メイドが青くなった。


「も、申し訳ございません!
お体を洗う時間まではなかったものですから、急いで身支度だけ調えたのですが……」

「あれ? おかしいな、におう?」


王女様は女性とは思えない言葉を口にして、くんくんと自分のにおいをかいだ。


「髪の毛がべとべとになってますし、フケが……!」


オレンジの髪の毛にさわって、「あー」と王女様は照れたように笑った。


「だって、めんどうくさいんだもん」


キリは衝撃を受けて、

とてもがっかりした。


想像とはるかにかけはなれたお姫様によって、

頭の中にあったうるわしい王女様のイメージは、あとかたもなく粉砕されてしまった。


「キリ、姉上の体に汚れを消す魔法をかけてやってくれ」

ラグナードのこの頼みに対しては、キリは一も二もなく「うん……」とうなずいた。

頼まれなくても魔法を使っていたところだった。



ふわりと、白い色が王女様の全身を一瞬だけ包みこんですぐに消える。


「ありゃ……?」

自分の体に起きた変化に気づいて、
さらさらになった長いオレンジの髪をゆらして、ディジッタが首をかしげる。


そのひたいに、
黒い印があるのに、キリは気づいた。



女装の宰相やラグナードのものと同じ、不吉な色の印だった。



「今の、魔法? 呪文もなしに、その子が使ったの?」


大きく見開かれた青い瞳に向かって、

「彼女は、ヴェズルング以来の──千年に一人の霧の魔法使いです」

ようやくラグナードがキリを紹介した。


「霧の……!? 本当か!?」

ディジッタは興奮した様子で、キリに歩みより、両手をにぎった。


「凄いな。私の風呂係になってくれないか」

「ちゃんと風呂に入ってください……!」


ラグナードが切実なる願いを口にした。
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