キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「何を言う」
ディジッタが床の魔法陣のかたわらにしゃがみこんだまま、あきれたように弟を見上げる。
「パイロープの奪還は、国家反逆どころか国家を救うことだぞ」
「魔王などというものを召還して国家を危険にさらすのは、重大な反逆行為です!」
ラグナードが頭を抱えた。
「なに考えてんですかあんた」
姉が手にした不吉なその黒い書物は、
ラグナードの目にはすべてページが黒く塗りつぶされているようにしか見えず、パイロープでキリから聞いた話どおりだった。
「そんなものがまさかこの城に──」
「うむ。これはまさに、我が国ガルナティスの独立の英雄の友ヴェズルングが、我らの危機を救うため、未来に残した書物にまちがいない」
「……いや、違いますよそれ」
キリの話では、
人間に召還させるために魔王自身が書いて世界中に何冊もばらまいたという、とんでもない本だ。
「この本の魔法を、一年で解読して完成させたの……?」
ぼう然としながら、キリはディジッタにたずねた。
キリの目には、黒いページに書かれた白い文字が見えている。
その解読はかつて、賢者と呼ばれた彼女の師が十年もの歳月を要した作業である。
「まあ、この部屋にある書物を全部読みあさってなんとかな」
「すごーい」
キリは、うずたかく積み上がった何千冊という本を見回した。
「王女様って天才かも」
「難解だったが……私たちの祖先が残した本だ。
同じ人間の魔法使いに読み解けないわけはないと思ってがんばった」
実際には、人間が書いた本ではないので、
がんばったくらいで理解できる内容ではないはずなのだが。
「私はこういう研究は得意なのだが、自分ではたいした魔法も使えないんだ」
ディジッタはキリの手を引っぱって、魔法陣の正面に立たせた。
「でもヴェズルングと同じ霧の属性なら、これでロキを呼べるはずなんだ。
ではさっそく、魔法陣に力を注ぎこんでくれ」
「え? いま……?」
「おい!」
ラグナードがあわてて制止の声を上げた。
「だいじょうぶ。今夜は大ごもりの夜でもないし」とキリがラグナードに耳打ちした。
「それに、もうロキは十年前に召還しちゃったから、今も世界の中にいるんだもん。
これ使っても、なんにも呼べないよ」
「今も魔王が世界の中に……?」
眉をひそめたラグナードの横で、キリは魔法陣に手をかざして──
魔法陣が赤い輝きを放った。
「おお」と、ディジッタが歓声を上げて、
キリの言うとおり、いくら待っても何も起きなかった。
「ありゃ? むう? おかしいな」
ぎらぎらと赤い輝きを放っている魔法陣を見下ろして、ディジッタが腕組みをした。
「どっかまちがえたかな」
確かにエスメラルダのもと賢者ですら描きまちがえた難解な魔法陣ではあるが、ラグナードの姉が描いたこの魔法陣は完璧で、
「条件が悪いのかな。霧が出ている必要があるとか。
世界の中と外がつながる大ごもりの夜じゃないとダメとか……そういうことかな」
たちまちにその答えに行き着いたディジッタは、おそるべき才能を持っていた。
「なんだ、この魔法陣は……?」
不意に、
食い入るように床の図形に視線を注いでいたジークフリートが、口を開いた。
「これが、悪魔の召還魔法だと……!?」
地上の魔法使いよりもはるかに魔法に通じた天空の魔法使いはそう言って、意外な言葉を続けた。
「これは召還術というより──死者をよみがえらせる魔法だ」
「えっ?」
キリは目を丸くして、ジークフリートを見た。
「ここに霧の魔法をかけることで、過去に起きた特定の人物の死そのものを消滅させて現代によみがえらせるという、強力な魔法陣になっている」
シムノンが十年かかり、
ディジッタが一年かかって解読した難解な魔法を、
天の人はこの場で一目見ただけで瞬時に理解し、その本質を語った。
「魔法陣の中心にロキの紋章が描かれているのが不可解だが──どう見ても、召還術なんかじゃねえぞ、コレ。
死んだ人間の肉体を再構築して生き返らせるための魔法だ」
「ええ?」
キリはどういうことだろうと思った。
ジークフリートの言うとおりだとすると、この魔法陣は悪魔の召還とはまったく関係なさそうだ。
「でもこれ、シムノンのクソジジイがロキを召還した時のと同じだよ」
深い青色の羽が生えた耳に口をよせて、キリはささやいた。
「実際に、十年前の大ごもりの夜にはロキが出てきたし」
ふと、
大ごもりの夜には、死者が出歩くともいう──
そんな話を思い出して、キリはなんだか背中がぞくぞくとした。
「もしもそれが本当なら──」
ジークフリートは赤く輝く床に目をやって何事かを考えこみ、
「俺は考え違いをしていた。
キリ、おまえは毎月魔法の教えを請うたびに、魔王を世界の外から召還しているわけじゃねーな」
「え?」
「十年前、おまえが招いた魔王は霧が晴れてもそのまま世界に残り、今この瞬間も世界の中にいるんじゃねーのか?」
「ロキが今も世界の中にいる」というキリの言葉を思い出して、ラグナードがキリを見た。
キリがこくんとうなずく。
「うん。そうだけど……」
ジークフリートは目だけ見開いて、そこに恐怖の色をのぞかせた。
「なるほど。
シムノンとやらは、とんでもないことをした──」
ディジッタが床の魔法陣のかたわらにしゃがみこんだまま、あきれたように弟を見上げる。
「パイロープの奪還は、国家反逆どころか国家を救うことだぞ」
「魔王などというものを召還して国家を危険にさらすのは、重大な反逆行為です!」
ラグナードが頭を抱えた。
「なに考えてんですかあんた」
姉が手にした不吉なその黒い書物は、
ラグナードの目にはすべてページが黒く塗りつぶされているようにしか見えず、パイロープでキリから聞いた話どおりだった。
「そんなものがまさかこの城に──」
「うむ。これはまさに、我が国ガルナティスの独立の英雄の友ヴェズルングが、我らの危機を救うため、未来に残した書物にまちがいない」
「……いや、違いますよそれ」
キリの話では、
人間に召還させるために魔王自身が書いて世界中に何冊もばらまいたという、とんでもない本だ。
「この本の魔法を、一年で解読して完成させたの……?」
ぼう然としながら、キリはディジッタにたずねた。
キリの目には、黒いページに書かれた白い文字が見えている。
その解読はかつて、賢者と呼ばれた彼女の師が十年もの歳月を要した作業である。
「まあ、この部屋にある書物を全部読みあさってなんとかな」
「すごーい」
キリは、うずたかく積み上がった何千冊という本を見回した。
「王女様って天才かも」
「難解だったが……私たちの祖先が残した本だ。
同じ人間の魔法使いに読み解けないわけはないと思ってがんばった」
実際には、人間が書いた本ではないので、
がんばったくらいで理解できる内容ではないはずなのだが。
「私はこういう研究は得意なのだが、自分ではたいした魔法も使えないんだ」
ディジッタはキリの手を引っぱって、魔法陣の正面に立たせた。
「でもヴェズルングと同じ霧の属性なら、これでロキを呼べるはずなんだ。
ではさっそく、魔法陣に力を注ぎこんでくれ」
「え? いま……?」
「おい!」
ラグナードがあわてて制止の声を上げた。
「だいじょうぶ。今夜は大ごもりの夜でもないし」とキリがラグナードに耳打ちした。
「それに、もうロキは十年前に召還しちゃったから、今も世界の中にいるんだもん。
これ使っても、なんにも呼べないよ」
「今も魔王が世界の中に……?」
眉をひそめたラグナードの横で、キリは魔法陣に手をかざして──
魔法陣が赤い輝きを放った。
「おお」と、ディジッタが歓声を上げて、
キリの言うとおり、いくら待っても何も起きなかった。
「ありゃ? むう? おかしいな」
ぎらぎらと赤い輝きを放っている魔法陣を見下ろして、ディジッタが腕組みをした。
「どっかまちがえたかな」
確かにエスメラルダのもと賢者ですら描きまちがえた難解な魔法陣ではあるが、ラグナードの姉が描いたこの魔法陣は完璧で、
「条件が悪いのかな。霧が出ている必要があるとか。
世界の中と外がつながる大ごもりの夜じゃないとダメとか……そういうことかな」
たちまちにその答えに行き着いたディジッタは、おそるべき才能を持っていた。
「なんだ、この魔法陣は……?」
不意に、
食い入るように床の図形に視線を注いでいたジークフリートが、口を開いた。
「これが、悪魔の召還魔法だと……!?」
地上の魔法使いよりもはるかに魔法に通じた天空の魔法使いはそう言って、意外な言葉を続けた。
「これは召還術というより──死者をよみがえらせる魔法だ」
「えっ?」
キリは目を丸くして、ジークフリートを見た。
「ここに霧の魔法をかけることで、過去に起きた特定の人物の死そのものを消滅させて現代によみがえらせるという、強力な魔法陣になっている」
シムノンが十年かかり、
ディジッタが一年かかって解読した難解な魔法を、
天の人はこの場で一目見ただけで瞬時に理解し、その本質を語った。
「魔法陣の中心にロキの紋章が描かれているのが不可解だが──どう見ても、召還術なんかじゃねえぞ、コレ。
死んだ人間の肉体を再構築して生き返らせるための魔法だ」
「ええ?」
キリはどういうことだろうと思った。
ジークフリートの言うとおりだとすると、この魔法陣は悪魔の召還とはまったく関係なさそうだ。
「でもこれ、シムノンのクソジジイがロキを召還した時のと同じだよ」
深い青色の羽が生えた耳に口をよせて、キリはささやいた。
「実際に、十年前の大ごもりの夜にはロキが出てきたし」
ふと、
大ごもりの夜には、死者が出歩くともいう──
そんな話を思い出して、キリはなんだか背中がぞくぞくとした。
「もしもそれが本当なら──」
ジークフリートは赤く輝く床に目をやって何事かを考えこみ、
「俺は考え違いをしていた。
キリ、おまえは毎月魔法の教えを請うたびに、魔王を世界の外から召還しているわけじゃねーな」
「え?」
「十年前、おまえが招いた魔王は霧が晴れてもそのまま世界に残り、今この瞬間も世界の中にいるんじゃねーのか?」
「ロキが今も世界の中にいる」というキリの言葉を思い出して、ラグナードがキリを見た。
キリがこくんとうなずく。
「うん。そうだけど……」
ジークフリートは目だけ見開いて、そこに恐怖の色をのぞかせた。
「なるほど。
シムノンとやらは、とんでもないことをした──」