キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
キリとラグナードは続きの言葉を待ったが、
そう言ったきり、ジークフリートは恐怖におののいた目をしてだまりこんでしまった。
シムノンがやらかしたとんでもないこととは何だろうとキリは考えて、
十年前の晩に、
シムノンと魔王ロキとの間でも似たような会話があったことを思い出した。
あの夜──
自分が何をしたのかを知って、シムノンは今のジークフリートと同じようにおののいていたのではなかったか。
ひそひそとささやき交わす三人を見ていたディジッタが、ようやく翼を生やしたジークフリートに気がついた。
「その子は……? 魔法に詳しいようだが?」
足下の魔法陣が死者甦生のためのものだとジークフリートが語っていたのは、ディジッタにも聞こえていた。
「彼も魔法使いです」
やや緊張して、姉の顔色をうかがいながらラグナードは説明した。
じっと、ディジッタはモノクルごしに物憂げな青い瞳でジークフリートに見入っている。
「背中に翼が……」
「ええと、彼はローレンシア大陸奥地の大峡谷に暮らす有翼民族の魔法使いでして」
ラグナードは冷や汗を流しつつ、嘘八百を並べて、
「魔王の召還など、もう必要ありません」
と、言った。
「この者たちの協力を得て、パイロープを奪還して参りました」
「なに……?」
ディジッタが目を見開いた。
「では、パイロープに居座っていた天の人を、おまえたちがどうにかしたということか?」
ディジッタはジークフリートから目を離さずにラグナードにたずねた。
「ええ。戦い、殺しました」
ごくりとつばを飲みこんで、ラグナードはそう報告した。
「うそだな」
と、ディジッタの唇が動いた。
ラグナードたちの背に、緊張が走る。
「うそでは──」
「見くびるな! 宮廷魔術師のこの私がだまされると思うか?」
ディジッタはジークフリートを見すえて、
「私は世界中の種族についての記録を記した書物を読んでいるが──ローレンシア大陸の奥地に、有翼民族など暮らしていない」
と、断言した。
怒りの燃える青い瞳に、ジークフリートが静かな視線を返す。
「姉上……」
「彼らが住むのは、ケノーランドとこのエバーニアの間にある浮遊岩石地帯だ!」
「──は?」
まのぬけた声を出したラグナードの前で
ディジッタは小さく呪文を唱えて、
書架から一冊の本がふわふわと飛んできて、彼女の手に着地する。
ディジッタは、ラグナードには読めないリンガー・マギがびっしりと並んだ羊皮紙のページを開き、
背に翼のある人間の絵が描かれたページをラグナードに突きつけた。
「この本によるとそう書いてあるぞ!
だまそうったってそうはゆかない」
しっかりだまされていた。
ラグナードはひきつった笑いがうかぶのを感じつつも安堵した。
うそかまことか、まさか実際に翼の生えた人間を記した書物があるとは──。
ディジッタはぱたんと本を閉じて、
「そうか。
ふむ、どうやって天の人を殺したのか詳しく話を聞きたいが、それはディナーの時にとっておくとしよう」
と、用なしになった床の赤い光を見下ろして言った。
「ディナー?」
「なんだ、ラグ。聞いていないのか。
陛下がこれから今夜の夕食に招いてくださるそうだ。
ラグナードと連れの二人も来るから、私にもぜひにという手紙がつい先ほどここに届いた」
「え……?」
ディジッタは懐から招待状をとり出して、ラグナードに見せた。
キリは、同じ城に住んでいる家族と一緒にご飯を食べるために手紙を出すのかと驚いた。
「何のことだかよくわからなかったのだが、ようやく意味がわかった」
ディジッタは三人をながめて、
「国を救ったおまえたちの武功をねぎらう催しというわけだな」
とうなずいた。
「そんなわけで、あまり時間がないが……何か私に聞きたいことがあるのではなかったか?」
言われて、ヴェズルングの杖のことを思い出し、
ラグナードは手紙をディジッタに返して口を開いた。
「お聞きしたいのは、ヴェズルングの杖についてです」
「む?」
「宝物庫の管理官は姉上ですが、ヴェズルングの杖は宝物庫にはないのですか?」
キリも身を乗り出して、ディジッタの顔をのぞきこんだ。
「ああ──黒のレイヴンに渡すということで、陛下から所在をたずねられて探したのだが──それらしき品は宝物庫にはなかった」
と、
書架に埋もれるようにして、部屋の奥の壁に見えている扉をディジッタは示した。
「宝物庫ってここにあるの?」
キリがラグナードにきいて、「地下の宝物庫に通じる階段があの奥にある」とラグナードが教えた。
「まあ、ヴェズルングの杖は、昔セイリウスのやつが散々探して見つからずにあきらめたようだから、宝物庫にはないだろうとわかってはいたんだがな」
ディジッタはそう言って、
「セイリウスって?」
と、キリは首をかしげた。
執務室でも耳にした名前だ。
「例の失踪した兄だ。姉上と双子のな」
ラグナードが説明した。
キリはなるほどと納得する。
王様がいなくなったラグナードのことを「セイリウスの二の舞だと言う者がいた」と口にしていたのは、そういう意味だったらしい。
「宝物庫の中にはないということで、宝物庫の記録を調べてみたんだが──ヴェズルングの杖の記録は、宝物庫の目録の中に確かにあった」
「あったのですか!?」
杖が見つかってはまずいラグナードが焦った声で問い返した。
「うん。記録にはこう書いてあった。
ヴェズルングの杖を城の宝物庫から、庭園の回廊に移したと」
ディジッタは、青いマントの肩をすくめた。
「千年前の──初代国王フェンリスヴォルフ一世によって書かれた記録だ」
セイリウスがあきらめた理由がわかったよ、と言ってディジッタは軽く頭を振った。
「どうやらヴェズルングの杖は、『存在しない回廊』の中だ」
ラグナードがぎょっとした表情をうかべて凍りつく。
「存在しない回廊ってなに?」
キリの質問にも、ラグナードは何も答えなかった。
「この城に伝わる、怪談のようなものさ」
と、代わりにディジッタが言った。
「このカーバンクルス城にはね、昔から、庭園をぐるりと一周して囲む回廊がどこかにあるっていう話が伝わっているんだ。
ところが──」
ディジッタは、書架に半分隠れた窓の外に視線を投げた。
「実際には、そんなものは存在していない」
「え──?」
「城には庭園はいくつもあるが、どこにも庭園を一周する回廊なんてないんだ」
キリも窓の外に視線を向ける。
外にある庭園は、闇に沈んで見えなかった。
「だからヴェズルングの杖は、千年間行方不明ってわけ」
けだるそうに語るディジッタの声を、ラグナードは青い顔で聞いていた。
そう言ったきり、ジークフリートは恐怖におののいた目をしてだまりこんでしまった。
シムノンがやらかしたとんでもないこととは何だろうとキリは考えて、
十年前の晩に、
シムノンと魔王ロキとの間でも似たような会話があったことを思い出した。
あの夜──
自分が何をしたのかを知って、シムノンは今のジークフリートと同じようにおののいていたのではなかったか。
ひそひそとささやき交わす三人を見ていたディジッタが、ようやく翼を生やしたジークフリートに気がついた。
「その子は……? 魔法に詳しいようだが?」
足下の魔法陣が死者甦生のためのものだとジークフリートが語っていたのは、ディジッタにも聞こえていた。
「彼も魔法使いです」
やや緊張して、姉の顔色をうかがいながらラグナードは説明した。
じっと、ディジッタはモノクルごしに物憂げな青い瞳でジークフリートに見入っている。
「背中に翼が……」
「ええと、彼はローレンシア大陸奥地の大峡谷に暮らす有翼民族の魔法使いでして」
ラグナードは冷や汗を流しつつ、嘘八百を並べて、
「魔王の召還など、もう必要ありません」
と、言った。
「この者たちの協力を得て、パイロープを奪還して参りました」
「なに……?」
ディジッタが目を見開いた。
「では、パイロープに居座っていた天の人を、おまえたちがどうにかしたということか?」
ディジッタはジークフリートから目を離さずにラグナードにたずねた。
「ええ。戦い、殺しました」
ごくりとつばを飲みこんで、ラグナードはそう報告した。
「うそだな」
と、ディジッタの唇が動いた。
ラグナードたちの背に、緊張が走る。
「うそでは──」
「見くびるな! 宮廷魔術師のこの私がだまされると思うか?」
ディジッタはジークフリートを見すえて、
「私は世界中の種族についての記録を記した書物を読んでいるが──ローレンシア大陸の奥地に、有翼民族など暮らしていない」
と、断言した。
怒りの燃える青い瞳に、ジークフリートが静かな視線を返す。
「姉上……」
「彼らが住むのは、ケノーランドとこのエバーニアの間にある浮遊岩石地帯だ!」
「──は?」
まのぬけた声を出したラグナードの前で
ディジッタは小さく呪文を唱えて、
書架から一冊の本がふわふわと飛んできて、彼女の手に着地する。
ディジッタは、ラグナードには読めないリンガー・マギがびっしりと並んだ羊皮紙のページを開き、
背に翼のある人間の絵が描かれたページをラグナードに突きつけた。
「この本によるとそう書いてあるぞ!
だまそうったってそうはゆかない」
しっかりだまされていた。
ラグナードはひきつった笑いがうかぶのを感じつつも安堵した。
うそかまことか、まさか実際に翼の生えた人間を記した書物があるとは──。
ディジッタはぱたんと本を閉じて、
「そうか。
ふむ、どうやって天の人を殺したのか詳しく話を聞きたいが、それはディナーの時にとっておくとしよう」
と、用なしになった床の赤い光を見下ろして言った。
「ディナー?」
「なんだ、ラグ。聞いていないのか。
陛下がこれから今夜の夕食に招いてくださるそうだ。
ラグナードと連れの二人も来るから、私にもぜひにという手紙がつい先ほどここに届いた」
「え……?」
ディジッタは懐から招待状をとり出して、ラグナードに見せた。
キリは、同じ城に住んでいる家族と一緒にご飯を食べるために手紙を出すのかと驚いた。
「何のことだかよくわからなかったのだが、ようやく意味がわかった」
ディジッタは三人をながめて、
「国を救ったおまえたちの武功をねぎらう催しというわけだな」
とうなずいた。
「そんなわけで、あまり時間がないが……何か私に聞きたいことがあるのではなかったか?」
言われて、ヴェズルングの杖のことを思い出し、
ラグナードは手紙をディジッタに返して口を開いた。
「お聞きしたいのは、ヴェズルングの杖についてです」
「む?」
「宝物庫の管理官は姉上ですが、ヴェズルングの杖は宝物庫にはないのですか?」
キリも身を乗り出して、ディジッタの顔をのぞきこんだ。
「ああ──黒のレイヴンに渡すということで、陛下から所在をたずねられて探したのだが──それらしき品は宝物庫にはなかった」
と、
書架に埋もれるようにして、部屋の奥の壁に見えている扉をディジッタは示した。
「宝物庫ってここにあるの?」
キリがラグナードにきいて、「地下の宝物庫に通じる階段があの奥にある」とラグナードが教えた。
「まあ、ヴェズルングの杖は、昔セイリウスのやつが散々探して見つからずにあきらめたようだから、宝物庫にはないだろうとわかってはいたんだがな」
ディジッタはそう言って、
「セイリウスって?」
と、キリは首をかしげた。
執務室でも耳にした名前だ。
「例の失踪した兄だ。姉上と双子のな」
ラグナードが説明した。
キリはなるほどと納得する。
王様がいなくなったラグナードのことを「セイリウスの二の舞だと言う者がいた」と口にしていたのは、そういう意味だったらしい。
「宝物庫の中にはないということで、宝物庫の記録を調べてみたんだが──ヴェズルングの杖の記録は、宝物庫の目録の中に確かにあった」
「あったのですか!?」
杖が見つかってはまずいラグナードが焦った声で問い返した。
「うん。記録にはこう書いてあった。
ヴェズルングの杖を城の宝物庫から、庭園の回廊に移したと」
ディジッタは、青いマントの肩をすくめた。
「千年前の──初代国王フェンリスヴォルフ一世によって書かれた記録だ」
セイリウスがあきらめた理由がわかったよ、と言ってディジッタは軽く頭を振った。
「どうやらヴェズルングの杖は、『存在しない回廊』の中だ」
ラグナードがぎょっとした表情をうかべて凍りつく。
「存在しない回廊ってなに?」
キリの質問にも、ラグナードは何も答えなかった。
「この城に伝わる、怪談のようなものさ」
と、代わりにディジッタが言った。
「このカーバンクルス城にはね、昔から、庭園をぐるりと一周して囲む回廊がどこかにあるっていう話が伝わっているんだ。
ところが──」
ディジッタは、書架に半分隠れた窓の外に視線を投げた。
「実際には、そんなものは存在していない」
「え──?」
「城には庭園はいくつもあるが、どこにも庭園を一周する回廊なんてないんだ」
キリも窓の外に視線を向ける。
外にある庭園は、闇に沈んで見えなかった。
「だからヴェズルングの杖は、千年間行方不明ってわけ」
けだるそうに語るディジッタの声を、ラグナードは青い顔で聞いていた。