キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「では、夕食の席で会おう」と言って、ディジッタは三人を自ら部屋から送り出した。
「パイロープの話を聞けるのを楽しみにしている」
扉を閉める間際に、彼女はジークフリートにそんな風にのんびりした声をかけて、
相変わらずどこか眠たげな青い瞳と目が合ったジークフリートはハッとした。
彼には、人の顔の細やかな表情の区別などまったくつかないが、
それでも、
ディジッタの瞳の中にひそむ
ジークフリートへと向けられた感情は、はっきりと伝わってきた。
とまどいと、
激しい憎悪と。
目だけ見開いた天の人の前で、宮廷魔術師の部屋の扉は閉まった。
「師匠──……」
訪問者が去ったうす暗い部屋の中で、
閉めた扉によりかかり、ディジッタは輝き続ける赤い魔法陣の光を見つめた。
「悪魔の手を借りてもあなたの仇を討つつもりでしたが──……私はどうすべきなのでしょうね……」
魔法陣の近くには、
書物の山の上に、無造作に一冊の本が置かれている。
彼女が背に羽の生えた人間の絵が描かれたページを開いて、弟に見せた本──
ラグナードには読めなかった賢人言語で書かれた本のタイトルは、
〈天の人〉。
翼を持つ人の絵の横には、
人の姿になった時に天空の種族が感じる不安についての説明が書かれていた。
「なにかおっしゃいましたぁ?」
部屋の奥で、積み上がった本の整理をしながらメイドがたずねてくる。
「いいや! ただのひとりごとさ!」
男のような口調でそう返して、
「可能性は、二つ……か」
赤い光を瞳に映したまま、ぶつぶつとディジッタはつぶやく。
「ねえ、師匠。
もしも──あの銀の髪の少年が、最悪の可能性のほうだったら──……あなたは私に、どうせよとおっしゃいますか?」
パイロープから生きてもどらなかった師にそっと問いかけて、
「危険なマネはなさいますな、王女殿下──と、そうおっしゃるのでしょうか?」
彼女は赤い光から、暗い天井へと視線を移した。
「ムリです、それは。ムリだ」
けんのんな炎が宿る瞳で、ディジッタは何度もかぶりをふる。
炎のような長い髪の毛がゆらゆらゆれる。
「私は魔法使いだから──……あなたを殺した魔法使いに挑まずにはいられない。
この体を犠牲にして挑んで、それでも敵わなければ──」
どうかお許し下さい、師匠、と言って、
ディジッタは薄く笑った。
宮廷魔術師の研究棟を出て、
いくつも渡り廊下を通り、迷宮のような通路を歩きながら、
「存在しない回廊ってなんなのよー」
キリはぶつくさと文句を言った。
「回廊に移したって、意味がわかんない。
宝物庫と違って、中庭を囲む回廊なんて、魔法の杖を保管するような場所じゃないじゃん。
昔の王様は何を考えてたのよう。
こうなったら、何が何でもその回廊を探し出さなくちゃ」
押し黙って先を歩いていたラグナードが、びくりと肩をふるわせてふり返った。
「なあに? ラグナードってば、怖い顔して」
「いや……」
ふに? と猫のような声を出して、キリは首をかしげる。
ただでさえ色白のラグナードの顔は、廊下のろうそくの灯火の下でもはっきりそうとわかるほど、蒼白になっていた。
まるで忘れかけていた恐ろしい悪夢がよみがえった子供か、幽霊に会った人のようだ。
あの一風変わったお姉さんが、「怪談」だと言っていたのを思い出し、
キリは、わかった! ラグナードってば怖いんだ、とからかおうとして──
「今の女──おまえの姉は、気づいていたぞ」
キリの後ろからジークフリートがラグナードにそう言った。
キリは開きかけた口を閉じて、ジークフリートを見た。
「俺が何者か、あれはわかっていた目だ」
「パイロープの話を聞けるのを楽しみにしている」
扉を閉める間際に、彼女はジークフリートにそんな風にのんびりした声をかけて、
相変わらずどこか眠たげな青い瞳と目が合ったジークフリートはハッとした。
彼には、人の顔の細やかな表情の区別などまったくつかないが、
それでも、
ディジッタの瞳の中にひそむ
ジークフリートへと向けられた感情は、はっきりと伝わってきた。
とまどいと、
激しい憎悪と。
目だけ見開いた天の人の前で、宮廷魔術師の部屋の扉は閉まった。
「師匠──……」
訪問者が去ったうす暗い部屋の中で、
閉めた扉によりかかり、ディジッタは輝き続ける赤い魔法陣の光を見つめた。
「悪魔の手を借りてもあなたの仇を討つつもりでしたが──……私はどうすべきなのでしょうね……」
魔法陣の近くには、
書物の山の上に、無造作に一冊の本が置かれている。
彼女が背に羽の生えた人間の絵が描かれたページを開いて、弟に見せた本──
ラグナードには読めなかった賢人言語で書かれた本のタイトルは、
〈天の人〉。
翼を持つ人の絵の横には、
人の姿になった時に天空の種族が感じる不安についての説明が書かれていた。
「なにかおっしゃいましたぁ?」
部屋の奥で、積み上がった本の整理をしながらメイドがたずねてくる。
「いいや! ただのひとりごとさ!」
男のような口調でそう返して、
「可能性は、二つ……か」
赤い光を瞳に映したまま、ぶつぶつとディジッタはつぶやく。
「ねえ、師匠。
もしも──あの銀の髪の少年が、最悪の可能性のほうだったら──……あなたは私に、どうせよとおっしゃいますか?」
パイロープから生きてもどらなかった師にそっと問いかけて、
「危険なマネはなさいますな、王女殿下──と、そうおっしゃるのでしょうか?」
彼女は赤い光から、暗い天井へと視線を移した。
「ムリです、それは。ムリだ」
けんのんな炎が宿る瞳で、ディジッタは何度もかぶりをふる。
炎のような長い髪の毛がゆらゆらゆれる。
「私は魔法使いだから──……あなたを殺した魔法使いに挑まずにはいられない。
この体を犠牲にして挑んで、それでも敵わなければ──」
どうかお許し下さい、師匠、と言って、
ディジッタは薄く笑った。
宮廷魔術師の研究棟を出て、
いくつも渡り廊下を通り、迷宮のような通路を歩きながら、
「存在しない回廊ってなんなのよー」
キリはぶつくさと文句を言った。
「回廊に移したって、意味がわかんない。
宝物庫と違って、中庭を囲む回廊なんて、魔法の杖を保管するような場所じゃないじゃん。
昔の王様は何を考えてたのよう。
こうなったら、何が何でもその回廊を探し出さなくちゃ」
押し黙って先を歩いていたラグナードが、びくりと肩をふるわせてふり返った。
「なあに? ラグナードってば、怖い顔して」
「いや……」
ふに? と猫のような声を出して、キリは首をかしげる。
ただでさえ色白のラグナードの顔は、廊下のろうそくの灯火の下でもはっきりそうとわかるほど、蒼白になっていた。
まるで忘れかけていた恐ろしい悪夢がよみがえった子供か、幽霊に会った人のようだ。
あの一風変わったお姉さんが、「怪談」だと言っていたのを思い出し、
キリは、わかった! ラグナードってば怖いんだ、とからかおうとして──
「今の女──おまえの姉は、気づいていたぞ」
キリの後ろからジークフリートがラグナードにそう言った。
キリは開きかけた口を閉じて、ジークフリートを見た。
「俺が何者か、あれはわかっていた目だ」