キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
得体の知れない恐怖に凍りつかせていた表情をくずして、
「なに……?」と、ラグナードが美しい眉をゆがめた。
「だが、姉上は……」
「あまり自分の姉をあなどらないほうがいいぞ」
ジークフリートは軽く鼻を鳴らした。
近くの壁で燃えているろうそくの、つんとしたにおいがかすかに三人を包みこんでいる。
「もっとも、それにしてはまっすぐに俺に憎しみを向けずに、何かに迷っていたようだが──」
ジークフリートは、閉まる扉の向こう側に消えた青い瞳を脳裏に描いて、
「──ああ、そうか、あの女にとって可能性は二つあるのか……」
と、そんなことを言って、白い翼をわずかに持ち上げた。
人間で言えば、肩をすくめたようなしぐさだった。
「二つのうち、俺は最悪の可能性のほうだけどな」
どこをどう歩いたのか、
ラグナードに連れられてキリたちは広い空間に出た。
吹き抜けに、
並び立つ柱。
キリは見覚えのある場所だという気がした。
最初に足を踏み入れた宮殿の大広間である。
またここを通ってラグナードの部屋にもどるのかな、とキリは思ったが、
今度はラグナードは入り口から向かって右手の大きな両開きの扉のほうへと歩いていく。
どうやら、部屋にもどるためにただ通ったのではなく、
なにか目的があってふたたびここにやってきたらしい。
扉の前まで来たとき、
「兄様!」
すんだ声が大広間に響き渡って、キリたちはそちらを見た。
柱の間を、赤い髪の女の子がこちらへ向かってかけてくる。
「ラグナード兄様!」
「リーゼ」と、ラグナードが少女を見てほほえんだ。
「兄様、おかえりなさい!」
少女は走ってきた勢いもそのままに、ラグナードに抱きついた。
ラグナードがしっかりと少女を抱きとめて、
「こら、相変わらずのおてんばめ。
レディがはしたないぞ」
と、笑顔でたしなめた。
ラグナードの腕の中で、くすくすと笑い声をもらして、
「もう、兄様ったら、おもどりになる前に知らせてくだされば良かったのに」
ちょっぴりすねたようにそう言う少女は、年の頃なら十五か六か。
深紅の長い髪の毛を二つに分けて黒いリボンでくくっている。
「そうしたら、準備してここでお待ちしてたわ」
勝ち気そうな愛らしい緑の瞳が、ラグナードをねめ上げる。
「わたくし、とっても心配していたんだから!
半年もどこで何してらしたのよ」
「ちょっとな」
ラグナードは少女をはなして、
「パイロープを取りもどしてきた」
と笑った。
城に帰還してからこれまでの、どこかぴりぴりした様子とは打って変わって、
心から気を許し親しみをこめた態度で少女に接するラグナードに、キリは驚いて、
うれしくなって笑みがこぼれた。
ここにもどってからずっとラグナードの顔にあったかげりを帯びた表情は払拭され、やわらかなまなざしが少女を見下ろしている。
「パイロープを!? 兄様が!?」
ふわりと赤いスカアトをゆらしてラグナードからはなれ、少女は勝ち気な双眸を見開いて、
「すごい!」と悲鳴のようにさけんだ。
「信じられない!
やっぱりラグナード兄様はすごいわ!」
少女は素直におどろいてはしゃぐ。
ようやくラグナードとキリの行いに対するまともな賞賛が聞けて、キリはほっとした。
大声を上げてよろこぶ少女を、
「リーゼ」とラグナードが再度たしなめて、
「この二人の魔法使いの協力でな」と、キリとジークフリートを目で示した。
「あら。わたくしったら」
ハッとしたように、少女が頬を赤く染めて恥じらって、
「はじめまして。
リーゼロッテ・フォティア・アントラクスと申します」
飾り布の垂れたスカアトの端を両手に持って、キリとジークフリートに向かって優雅におじぎした。
気品ある愛らしい所作を見て、キリは「わあ」と心の中で歓声を上げる。
ラグナードと同じ響きの名前。
彼が話していた、同じ母親を持つ妹にまちがいないとキリにもわかった。
キリのイメージのとおりの、
物語に登場するようなかわいらしい王女様だ。
「お二人が兄様と一緒に、パイロープを取りもどしてくださったのね。
どちらの家のご出身かしら?」
リーゼロッテという名の王女様は、
やはりキリたちを貴族と思いこんでいる様子でそう言って、
「あなた、歳は?」と、キリにたずねた。
「わたくしと同じくらいに見えるけれど……魔法使いならもっと上かしら?」
王女様は心配そうに赤い眉をよせた。
「十七歳です」
キリがどきどきしながら笑顔で答えると、「まあ、やっぱり近いわ」とリーゼロッテは両手を胸の前で合わせて瞳を輝かせた。
「わたくし十六歳なの。
ぜひ仲良くしたいわ。お友達になってくださる?」
「よろこんで」とキリはほほえんだ。
王女様はうれしそうに笑って、
今度はジークフリートの背中で視線が止まり、「あら」と目を丸くした。
「こちらの方、背中に翼があるわ!」
くるくると子犬のようにめまぐるしく表情を変えるお姫様である。
「すごいわ! ねえ、兄様、この方はどうして背中に翼があるのかしら?」
ラグナードが咳払いして、王女様はまたハッと口元に手を当てて「失礼しました」と優雅におじぎした。
「この二人は、この国の貴族ではない」
ラグナードが妹のかんちがいを正して、
「異大陸から連れてきた魔法使いの──キリとジークフリートだ」
と、二人を紹介した。
王女様の目つきが変わった。
「貴族の子女ではないの?」
リーゼロッテがラグナードにきいて、
「ああ。二人とも平民だ」
ラグナードの口からその言葉が発せられたとたん、
「あら、そう」
つんとあごを上げて、
王女様は道ばたの虫けらどころか石ころを見るかのような冷たい目を、キリとジークフリートに向けた。
「なに……?」と、ラグナードが美しい眉をゆがめた。
「だが、姉上は……」
「あまり自分の姉をあなどらないほうがいいぞ」
ジークフリートは軽く鼻を鳴らした。
近くの壁で燃えているろうそくの、つんとしたにおいがかすかに三人を包みこんでいる。
「もっとも、それにしてはまっすぐに俺に憎しみを向けずに、何かに迷っていたようだが──」
ジークフリートは、閉まる扉の向こう側に消えた青い瞳を脳裏に描いて、
「──ああ、そうか、あの女にとって可能性は二つあるのか……」
と、そんなことを言って、白い翼をわずかに持ち上げた。
人間で言えば、肩をすくめたようなしぐさだった。
「二つのうち、俺は最悪の可能性のほうだけどな」
どこをどう歩いたのか、
ラグナードに連れられてキリたちは広い空間に出た。
吹き抜けに、
並び立つ柱。
キリは見覚えのある場所だという気がした。
最初に足を踏み入れた宮殿の大広間である。
またここを通ってラグナードの部屋にもどるのかな、とキリは思ったが、
今度はラグナードは入り口から向かって右手の大きな両開きの扉のほうへと歩いていく。
どうやら、部屋にもどるためにただ通ったのではなく、
なにか目的があってふたたびここにやってきたらしい。
扉の前まで来たとき、
「兄様!」
すんだ声が大広間に響き渡って、キリたちはそちらを見た。
柱の間を、赤い髪の女の子がこちらへ向かってかけてくる。
「ラグナード兄様!」
「リーゼ」と、ラグナードが少女を見てほほえんだ。
「兄様、おかえりなさい!」
少女は走ってきた勢いもそのままに、ラグナードに抱きついた。
ラグナードがしっかりと少女を抱きとめて、
「こら、相変わらずのおてんばめ。
レディがはしたないぞ」
と、笑顔でたしなめた。
ラグナードの腕の中で、くすくすと笑い声をもらして、
「もう、兄様ったら、おもどりになる前に知らせてくだされば良かったのに」
ちょっぴりすねたようにそう言う少女は、年の頃なら十五か六か。
深紅の長い髪の毛を二つに分けて黒いリボンでくくっている。
「そうしたら、準備してここでお待ちしてたわ」
勝ち気そうな愛らしい緑の瞳が、ラグナードをねめ上げる。
「わたくし、とっても心配していたんだから!
半年もどこで何してらしたのよ」
「ちょっとな」
ラグナードは少女をはなして、
「パイロープを取りもどしてきた」
と笑った。
城に帰還してからこれまでの、どこかぴりぴりした様子とは打って変わって、
心から気を許し親しみをこめた態度で少女に接するラグナードに、キリは驚いて、
うれしくなって笑みがこぼれた。
ここにもどってからずっとラグナードの顔にあったかげりを帯びた表情は払拭され、やわらかなまなざしが少女を見下ろしている。
「パイロープを!? 兄様が!?」
ふわりと赤いスカアトをゆらしてラグナードからはなれ、少女は勝ち気な双眸を見開いて、
「すごい!」と悲鳴のようにさけんだ。
「信じられない!
やっぱりラグナード兄様はすごいわ!」
少女は素直におどろいてはしゃぐ。
ようやくラグナードとキリの行いに対するまともな賞賛が聞けて、キリはほっとした。
大声を上げてよろこぶ少女を、
「リーゼ」とラグナードが再度たしなめて、
「この二人の魔法使いの協力でな」と、キリとジークフリートを目で示した。
「あら。わたくしったら」
ハッとしたように、少女が頬を赤く染めて恥じらって、
「はじめまして。
リーゼロッテ・フォティア・アントラクスと申します」
飾り布の垂れたスカアトの端を両手に持って、キリとジークフリートに向かって優雅におじぎした。
気品ある愛らしい所作を見て、キリは「わあ」と心の中で歓声を上げる。
ラグナードと同じ響きの名前。
彼が話していた、同じ母親を持つ妹にまちがいないとキリにもわかった。
キリのイメージのとおりの、
物語に登場するようなかわいらしい王女様だ。
「お二人が兄様と一緒に、パイロープを取りもどしてくださったのね。
どちらの家のご出身かしら?」
リーゼロッテという名の王女様は、
やはりキリたちを貴族と思いこんでいる様子でそう言って、
「あなた、歳は?」と、キリにたずねた。
「わたくしと同じくらいに見えるけれど……魔法使いならもっと上かしら?」
王女様は心配そうに赤い眉をよせた。
「十七歳です」
キリがどきどきしながら笑顔で答えると、「まあ、やっぱり近いわ」とリーゼロッテは両手を胸の前で合わせて瞳を輝かせた。
「わたくし十六歳なの。
ぜひ仲良くしたいわ。お友達になってくださる?」
「よろこんで」とキリはほほえんだ。
王女様はうれしそうに笑って、
今度はジークフリートの背中で視線が止まり、「あら」と目を丸くした。
「こちらの方、背中に翼があるわ!」
くるくると子犬のようにめまぐるしく表情を変えるお姫様である。
「すごいわ! ねえ、兄様、この方はどうして背中に翼があるのかしら?」
ラグナードが咳払いして、王女様はまたハッと口元に手を当てて「失礼しました」と優雅におじぎした。
「この二人は、この国の貴族ではない」
ラグナードが妹のかんちがいを正して、
「異大陸から連れてきた魔法使いの──キリとジークフリートだ」
と、二人を紹介した。
王女様の目つきが変わった。
「貴族の子女ではないの?」
リーゼロッテがラグナードにきいて、
「ああ。二人とも平民だ」
ラグナードの口からその言葉が発せられたとたん、
「あら、そう」
つんとあごを上げて、
王女様は道ばたの虫けらどころか石ころを見るかのような冷たい目を、キリとジークフリートに向けた。