始末屋 妖幻堂
 遊女らほぼ全員を外に出し、最後の小菫が欄干に足をかけたとき、いきなり背後で、ぶわ、と火柱が上がった。
 いよいよ伯狸楼が、炎に呑まれようとしている。

「ほれ、急げ」

 千之助に促され、小菫が屋根に降りた。
 が、すぐに欄干に飛びつく。

「おい、どうした?」

「あ、熱い! 瓦が焼けて、めちゃくちゃ熱いんだよ」

 火は下から上がってきているのだ。
 一階の屋根の下は火の海だし、そろそろ天井にも届いていよう。

「・・・・・・ち、しまったな。けど他に方法はねぇ。危ねぇが、袿(うちぎ)を捨てて、欄干を掴みながら、一気に走るんだな」

 こくんと頷き、小菫は単の上に着ていた袿を捨てると、両手で欄干を握った。

「他の窓から火が出ねぇうちに、さ、急げよ」

「でも旦那さん。旦那さんは、どうするんだよ。桔梗(ききょう)を抱いてたら、両手使えないじゃないか」

 焦って言う小菫に、千之助の腕の中の桔梗が、少し顔を上げた。

「あちきも手伝うよ。二人で運べば、何とかなるんじゃない?」

 小菫が片手を差し出すが、千之助は首を振った。

「いや、あんたに手伝ってもらったところで、大して変わらん。どっちにしろ、そんなゆっくりしてたら、三人とも炎に巻かれる。あんたはとにかく、今はてめぇのことだけ考えて、ほら、向こうまで一気に走れ」

 千之助が顎で指すほうを見れば、屋根の先の廓から、何人かの男衆が、しきりに手招きしている。
 早くしないと隣も危ないので、救助するほうも必死だ。

 小菫は躊躇っていたが、千之助の言うとおり、己が手伝ったところで、あまり役に立てるとも思えない。
 それより、足元が耐え難くなってきた。
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