中指斬残、捌断ち儀
“必ず、成功させよう”
それこそ躍起に奮起し、どうにかして“成功する確率を上げたいと奮闘する”。
目的は神作りであり、それが成功。だとすれば、生け贄とする人物がより神に近ければ成功率は上がるのではないのか。もともと即神仏は、徳の高い僧が更に苦行を積んでなるもの。元から、“神になる素質があった”のだ。
早い話が、人でありながら神に近い人を百々は欲した。
徳の高い僧に負けぬ霊力を持ち、人の身でありながらも他から奉られるような存在。
神道においての神とは、信仰し畏怖する象徴とされている。
触らぬ神に祟りなし、そう思わせるような“形”を見つけるにはそれほどの苦労は要しなかったであろう。