銀棺の一角獣
この穏やかな時をいつまでも
 ディレイニー王国国王ライオール死去の知らせが届いたのは、戦争が終わって一年後のことだった。まだアルティナは戦後の処理に追われていて、あれから一年しかたっていないのだと感慨深くその書状に目を落とす。

「代理の者を送りますか?」

 宰相のデインがたずねた。

「代理と言っても、適切な人がいないでしょう? なにしろ、あの戦争でたくさんの人材が失われてしまったんですもの」

 アルティナは額に手をやる。彼女の銀の髪は結い上げてはいなくて、今日はルドヴィクと同じように首の後ろから一本にまとめて編んでいる。その先にはドレスとお揃いの白いリボンが結んであって、アルティナが動くたびにゆらゆらと揺れていた。

「では、アルティナ様がおいでになりますか?」
「……そうね。わたしが行った方がいいでしょう。キーラン様には、今でもずいぶんお世話になっているんだもの。国元のことはあなたにお任せするから」


 喪服をまとうのは何度目になるのだろう。兄が亡くなった時も、父が戦死した時も――祖父や祖母や母や――今までに何人も見送ってきた。臣下たちも多数。


「かしこまりました。ではすぐに護衛の手配をいたします――ルドヴィクを隊長にしましょう」

「お願いするわ」


 キーランとの婚約が破棄された今、ルドヴィクはアルティナの事実上の婚約者の地位に復帰している。周囲は二人の結婚を期待しているけれど、アルティナはまだ踏み出す自信を持つことはできないでいた。


□■□ ■□■ □■□


 翌日には出発することが早々に決められた。
 ティレルも同行する予定だったのだが、後から追うことになった。


「おまえたちがついた頃合いを見計らって、後を追わせてもらう」


 そう言ったティレルは、庭のあずま屋に作られた彼の快適な寝床から離れて旅をするのが面倒なのだと尾を振った。彼一人なら瞬間的にディレイニー王国、ライディーア王国双方の王都を行き来できるという。


「……あなた一人なら一瞬ですむんですもの。羨ましいわ。先の到着になったら、キーラン様によろしく伝えてちょうだい。もっともわたしたちもすぐ後を追うのだけれど」


 今日の彼の食事には、葡萄と盛りを過ぎかけてしまったが桃が提供されている。それと一緒に、はるか遠くの国から持ち込まれたメロンとかいう新しい果物が供されていた。


「アルティナ」


 ティレルは皮ごとメロンをがつがつとかじりながら言った。彼が口を動かすたびに甘い香りが空中に漂う。


「このメロンとか言う果物はうまいな。この国では作れないのか?」
「……どうかしら。土壌が適しているかどうかわからないし――一応、聞くだけは聞いてみるわね」
「よろしく頼む――ああそれとだな、入浴に使う石鹸がそろそろなくなりそうだ。出発前に新しいのを出すように言っておいてくれ。それとディレイニー側にも用意するように伝えておけ。風呂は大切だからな」
「石鹸くらい、こちらで使っている物を持って行くわよ」


 アルティナは唇を尖らせる。それから、ティレルの言うように新しい石鹸を準備させてから出発の準備に取りかかった。
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