シャクジの森で〜青龍の涙〜
翌日。

エミリーは、柔らかな日が差し込む部屋の中で刺繍をしていた。

素材はもちろん、シャクジの花のタペストリー。

暇を見つけてはコツコツ針を進めていたけれど、布一杯が埋まる程にたくさんある花は、まだ半分くらいしかできていない。

月とメインの大きなお花は出来上がっているけれど、周りにある細かい花が思ったよりもかなり多くて時間がかかる。

改めて、刺繍の先生や刺繍の会の奥様方を尊敬してしまう。

あの方たちは、これよりもずっと大きくて難しいものを作っているのだ。

しかも、バザーに出せるほどの腕前で――――


「一つのものを作るのって、ほんとうに、大変なことなのだわ・・・」


でも、それも楽しい。

きっと、苦労した分だけ完成した時の喜びや達成感が素晴らしいものになる筈なのだ。

それに――――


“出来あがったら、見せてくれるか?”



一番に見せたい人がいる。

いつも無表情で、なんとも心が読み取りにくいあのお方。

一体どんなお顔を見せてくれるだろうか。



「そうだわ。これを、贈り物にしようかしら」



作ってるのがバレていてサプライズにはならないけれど、買った物よりは喜んでくれそうだ。



「無機質な執務室に飾ったら、きっととても素敵だわ」



仕事の合間に眺めてもらえれば、疲れた心も癒せるかもしれない。

絵柄もシャクジの花で、王子の仕事部屋にはぴったりだ。

具体的な目標が出来たことで、一層針が進む。


シャルルは今、窓際にある立派な肘掛け椅子の上でまるまって、しっぽを揺らしている。

女性らしいインテリアの部屋には似つかわしくない重厚なあの椅子は、今朝アランが自分の部屋から持ってきたもの。

何故持って来たのかと訊ねたエミリーに、アランはこう言ったのだ。



『使用しないゆえ、持ってきた。これは、シャルルの、場所だ』



それから、こうも言っていた。



『君が部屋に居るうちは、籠の扉は常に開けて置くように』



と。何故だか分からないけれど、ある日をきっかけに、アランのシャルルに対する態度が変わったのだ。

上手くは言えないけれど、獣ではなくて・・・そう、まるで人のように扱っている。



「えっと・・・いつからだったかしら―――?」



シャルルのほうも、アランに対する態度が変わった様に思う。

警戒心がなくなったというか・・・。

エミリーは刺繍の手を止めて、窓際に近づいた。

つやつや光る銀色の背に触れれば、日に照らされた毛並みのあたたかさを感じる。



「ね、シャルル?いつの間に、アラン様と仲良しになったの?」
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